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第25話

「ーー勉強、あるから……無理」 慌てて放置していた参考書を手に取ったが、今更こんな行動をした所で、言い訳にもならない。 「……息抜きした方がいいんじゃないか? ミチさんが心配してる」 「誰のせいで……っ!」 不意に出てきそうな言葉を飲み込み、伊月から目を逸らした。 3日間で、だいぶ冷静になれたと思っていたが、いざ目の前にすると、無理やり抑え込んでいた感情が、腹の底から湧いて出てくる。 「……なあ、少しでいいから話しをーー」 「ーーっるせぇんだよ! ほっとけって! 分かっーー!」 一瞬の事だったーー。 頬を片手で鷲掴みにされ、伊月の唇に無理やり(いざな)われるーー何がおこっているのか、僅かな時間では理解が出来なかった。 思考が追いつかない中、お構い無しに口内を蹂躙されるーーリアルに感じる熱が何故か懐かしく感じ、込み上げてくるものがある。 現金なもので、なんとも言えないこの感情が、考える事を徐々に放棄させていった。 「……やっと、黙ったな……手間掛けさせんな」 聞き間違いかと思った。 似つかわしくない、乱暴な口調に身体は勝手に反応し、酸素の行き届いていない頭が余計に混乱した。 口端を片方だけ上げ、笑顔を見せた伊月に違和感しか感じないーー。 「い……づき、さん?」 「……不正解、俺だ。分かるだろ?」 思わず足下に目をやった。 違う、違う、と言い聞かせるが確認せずにはいられない。 震える喉から、勝手に声が出てきた。 「はる……やさん?」 「せーかい」 更に細まった瞳が怪しく光ったように感じた。 実際に目にした所で、素直に信じられる事ではないが、佇まいや表情、雰囲気全てから『伊月』ではないと伝えて来ているようだった。 無意識に腰が引け、椅子のバランスを崩した俺は引っ張り上げられていた。 「伊月から聞いてんだろ? 外見(そとみ)は正真正銘あいつだ……とって食ったりしねーよ」 「ーーっ! んな、心配……してねーよ」 「……っとに、めんどくせぇな」 強引に腰を抱かれ、階段の方へと連れて行かれる。 その時、初めて自分が震えている事に気づいたーー恐怖心を自覚した途端、俺の身体は驚く程機敏に動き出した。 「いや、だ……いかねぇ」 腕で押し退けようとするが、上手く力が入らない。無駄な抵抗だとは思うが、得体の知れないものの言いなりにはなりたくなかった。 「はあ……ホント言う事聞かねぇな」 ため息を付いたかと思ったら、小声だが低く静かな声が、俺の鼓膜を震わせた。 「……黙ってついてこい。ばあちゃんの前で、もう一発かますぞ?」 そんな事できっこないーーそう言い返してやりたいのに、何か愉快な事でも話しているかのような顔に、背筋が波打つ感覚がした。 ーー……今のこいつなら、やりかねない。 本能的にそう感じると、俺の選択肢は、黙って従うの一択になってしまった。

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