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第33話

『後先考えずに突っ走れるのは、若者の特権だぜ?』 昨日帰り(ぎわ)、言われた言葉に背中を押され、なんとかここまで来たが、どうも腰が引けあと一歩が踏み出せない。 インターホンのボタンに置いた指を、あとひと押しーー息巻(いきま)いていた昨日の自分を殴ってやりたいくらい、手が震えている。 これでは完全に不審者だ。一旦引き返して落ち着いてまたーーと、弱気になった俺を咎めるように、夕方のサイレンが鳴り始めた。 「あっ……」 驚いた拍子にインターホンを押してしまった。 タイミングが良いのか、悪いのかーーとりあえずもう、後には引けない。 両手を広げ深呼吸をしてみるが、吸っているのか吐いているのか、もうよく分からない。 ーー……やっぱ、明日にしよう。 こんな決断だけ早いのは情けないが、退却も立派な作戦であるーーだが、相手方はそんな事を許してはくれないらしい。 扉の開いた音に、瞬発的に元の位置に戻る他なかった。 「…………紀智……いらっしゃい」 驚いた様に一瞬目が見開くと、直ぐにいつもの笑顔で対応してきた。 「……い、伊月さん……?」 控えめになった声に答える様に、伊月は無言で頷き中に入る様に手招きしてきた。 いつもは我が物顔で、上がっていた玄関の段差が異様に高く感じるーー。 この期に及んで逃げ腰の俺は、普段は脱ぎっぱなしの靴をきちっと揃え直し、時間稼ぎをしてしまう始末だ。 「ーー今、コーヒーいれたけど……オレンジがいい?」 背後から聞こえる優しい声に、身体が反応する。昨日とはまた違う安心感が包み込むようだった。 「……コーヒーでいい」 「分かった……」 振り返った俺に、伸ばした手を引っ込め廊下を歩いて行ってしまった。 その足音を追い、重い脚を何とか動かし、リビングの定位置まで着いた。 小さめの二人掛けのソファに腰を下ろし、キッチンカウンター越しの伊月を盗み見た。いつもより静かな空間に、コーヒー豆を砕く音だけが響き、落ち着かない。 ーー……俺が、喋ってねぇからか……。 「……伊月」 「ーー紀智」

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