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第34話
無言に耐えきれず、とりあえず名前を呼んでみたが、タイミング悪く被ってしまった。
「……いいよ、紀智から……」
「……いや、いい……なに?」
寧ろタイミングが良かったかも知れない。
特に策もなく、口を開いたから都合が良かったーーとりあえず、伊月の会話に身を委ね、その間に通常運転に戻す事が懸命だろう。
「……勉強は捗ってるのか?」
「あ? あぁ……別に」
当たり障りない問いに、一息つけた。
ーーいきなり、本題に入るわけねぇか……。
「別にって……進学だろ? 今の時期大変なんじゃ無いのか?」
「……俺頭良いし、そんなやんなくても余裕だっつーの……」
何も考えず、答えてしまったが失敗してしまった事にすぐ気付いたーーこれだと、会わなかった理由に矛盾が出来てしまう。
しかし、伊月の事だ。とっくにバレている可能性もあるーー少し、焦ったが出方を見てからでも遅くないーー。
「……そうか。なら、今まで何をしてたんだ?」
ーーそう来たか……。
「あー……ちょいちょいドラマ? とか見たり……あ! それがさ! 散々応援してた弟が横からかっさらって行ったんだよ……しかも、プロポーズがベタ過ぎて、白のタキシードに赤のバラの花束持ってよ、マジで外国人だから許される設定……どうなの? 」
我ながらよくもこんなに、嘘がスラスラと出るのかと感心してしまう。ドラマなんて見たのは、うち明け話をされた夜以来見ていない。
あの時は詳細も話していなかったしーー伊月も特に突っ込んでくる気配も無く「そうなのか」と、相槌を打っているからギリギリセーフだろう。
「ーーまぁ、伊月さんなら似合いそうだけどな」
「……勘弁してくれ」
苦笑いを浮かべこちらに来た伊月は、持っていたグラスを俺に渡すとソファを背に当て、床に腰を下ろした。
いつも通りの他愛ない会話で、緊張感が和らいでゆく。
数日ぶりだが、もう何年も会ってなかったような感覚だーーやっと会えた。毎年初めて伊月の顔を見た時と、似た気持ちになっていた。
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