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第36話
「……伊月さん……なんでさ、今更晴矢さんの事、話す気になったんだ? 俺が……晴矢さんと、ヤッたから?」
昨日、理由は聞かされたが、あくまで晴矢の予想でしかない。本人の口から、直接聞かなければいけないと思ったーーが、伊月からの反応が返って来ない。
「……伊月さん?」
黙っていた伊月が、俺の隣に座り直した。
「……きっかけは、そうだな……いい気はしなかったし、晴矢に腹が立った。でも……話す決心が着いたのは、あの夜だ」
「うん……?」
「……情けない話だが、本当の事を言わなくてもそのままの関係でいられるんじゃないか、とか……寧ろ、紀智を混乱させるだけじゃないのか、って……都合の良いように考えるようになって中々言えなかった……」
「……でも、話してくれたじゃん?」
組んだ手に力が入り、爪が甲にめり込み、見ているこちらが痛くなる。
固く閉ざされた伊月の両手に、自身の手をそっと乗せるとピクリと反応を見せた。
「……あのまま抱いて、何も無かったように振舞おうと思った……けど、いざ目の前にするとあの時の光景が頭を過ぎったーー記憶のお前は『晴矢』って何度も呼んでは幸せそうに笑うんだ……このまま、俺は『晴矢』になるのか……そう思ったら耐えられなかった……」
こちらを見た伊月は、弱々しく、なんとか笑みを作ってくれているが、今にも崩れそうで儚いものに感じた。
断片的な話し方に、伊月の葛藤はまだ続いてい気がするーーたが、俺の1番知りたかった本心は見えた。
「…………俺の事、好きだよな?」
喋り方下手くそとか、自己中過ぎるとか、ツッコミ所は山ほどあるが、そんな事はどうでもいい。
1番知りたかった事も、聞きたかった言葉も突き詰めればたったひとつだ。その一言を、拙い言葉の端々に感じた俺は、何もかもすっ飛ばして感情のまま、問いかけた。
「ーーああ、好きだ」
真っ直ぐとこちらに向いた瞳から熱が伝わってくる。胸の内にあった氷壁が溶け、上へ上へと出口を求め登ってくる。
一度溢れ出したそれを、塞き止める事は出来ず、せめて間抜けな顔を見られないように、と腕で顔を覆った。
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