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第37話
この何年間、どのくらいこの言葉を欲したか分からない。
飛びついて、抱きしめて、恨み言を言ってやりたいが、武者震いで思うように身体が動かない。
「……紀智は?」
伊月からの助け舟に、嬉しいのやら、悲しいのやらーー情緒不安定の俺の頭は直ぐに沸騰した。
「ーーっ! 好きに決まってんだろ?! 分かんだろ! めっちゃ、アピってたじゃん?!」
つい語気が強くなってしまったが、多分今表情筋は機能していないと思う。
緩みきった顔を晒すのはどうにかしたいが、俺にはどうする事も出来ないーーそれよりもやっと手に入れた男の顔を見ずにはいられなかった。
「ーーどっちが、好きなの?」
「は……? どうゆう……」
頬を撫でる手から、僅かな震えと冷ややかさが伝わり、俺は笑顔のまま固まってしまった。
今回ばかりは、察しの良すぎる自分を恨む。
「……俺? 晴矢?」
「あ……おれ……は……」
これまで『晴矢』を好きだと言う事を信じて疑わなかった。真実を聞いてから、ただ単に名称が変わっただけで、気持ちは揺るがないものだと感じていたーー。
しかし、俺の知っていた『晴矢』はまるっきり伊月と言う事では無く、実際は『晴矢』と『伊月』の2人である。今更、気付きたくは無かったが、それが正真正銘の真実だ。
同時に、伊月の葛藤がようやく理解できてしまい、喉を詰まらせていた。
「……コーヒー入れ直してくる」
答えられない俺を見兼ねてか、握ったままだった俺のグラスを取ると、ゆっくりと立ち上がる動作が見えーー俺は、反射的に伊月のズボンを掴み引き留めていた。
「ーーっ! 伊月さんが好き、だ」
正直な所、自分の気持ちがよく分からくなっていた。咄嗟に判断したのは、今の状況ではこの答えが最善であるという事だけでーーだが、付け焼刃も甚だしく頬が痙攣するのが自身でも分かった。
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