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第50話
自由になった手首を擦り上半身を起こした伊月は、バランスを崩した俺を支えるように抱き留めてくれた。
「ーー紀智、ごめんな……ありがとう」
「……うん」
耳元で聞こえる優しい声が、強く力の入ったその腕がーー伝わるか、不安だった気持ちを解きほぐしてくれる。
しかし、全てが拭いきれた訳では無く、感じていた違和感が隅の方でザワついていた。
「……紀智の気持ちは嬉しかった……俺も同じだって言いたい……けど、無理だ……」
期待していた言葉では無かったのに、納得している自分がいるーー。
あれほど頑なだった伊月が、あっさりと受け入れるのは妙な感じがしていたーーが、そのままいい方向に進むなら、と見て見ぬふりをした。
「……俺みたいに、単純じゃねぇって事……?」
備えあれば憂いなし、と言った所だろうか。少し違う気もするがーー焦って感情的になった所で、良い結果は得られないと言う事をこの夏、嫌という程思い知らされ、復習する機会は何度もあったと言う事だ。
だから、大丈夫。そう自分に言い聞かせ、熱くなりそうな感情を握り拳に閉じ込めた。
「……そう、なれないのかもしれない……すぐに、全部を受け入れる事が……今の俺じゃ、出来ないんだよ」
「…………大人だから?」
締め上げるくらい強かった腕の力が弱まり、背中をゆったりとさすられる。
「……紀智みたいに、真っ直ぐ見れるほど若くないって事、かな」
「…………そっか」
晴矢は、俺なら伊月を理解出来ると言ったが、買いかぶりすぎだと思う。
だが、解ろうとする努力は怠りたくないーーそう考えると、安易に言い返す事が出来なかった。
伊月は大人で、俺より遥かに色々な事を体験し、その身体に蓄積して今の形を作っている。まだまだ未熟な俺が、何を言ったところでお門違いだったのかもしれないーー。
『お前はガキだーー』そう言った晴矢はやはり正しいーー。
「……っ!」
後に続く晴矢の言葉を思い返し、ハッとした。
本当に俺は馬鹿だーーあの時、嫌味ったらしく聞こえた言葉の、本当の意味が分かった気がする。
ーー俺は、ガキだ……それで、いいんだ。
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