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第51話

もういても立ってもいられず、伊月の顔を強引に引き寄せ唇を重ねた。 当たり前だが直ぐに伊月が止めに入って、引き離されるーー目の合った伊月は突然の行動に戸惑っているようだった。 「ーー伊月さん、最後に抱いてよ……お願い」 伊月と話す前から決めていた事だ、だからという訳ではないが、恥も外聞もなく口から出ていた。 最後、なんて言葉は使いたくはない。だが、それで同情でも、なんでも感じてチャンスを貰えるなら、俺の気持ちなんてどうでもいい。 「……紀智、だーー」 「お願い……思い出くらい、くれよ……」 首を横に振る伊月に、必死にすがりついた。 困ったようにゆらゆらと揺れる瞳に、負けじと訴えかける。 「……お願い、いづき、さーーっ」 突如ぶつかった柔らかな壁に、言葉は漏れ出す吐息へと変化した。 荒い口淫に(むさぼ)りつき、身体を支える力強い腕に身を任せ後ろへと倒れ込んだ。 徐々に優しくなる口付けに、意志とは関係なく甘い声が出てしまう。 「ん……ンぅ、い……づき、さん……っン、いづき、さん」 息継ぎの合間に、何度も伊月の名前を呼んだ。 当初思っていた、伊月の思想を変えようなどという、烏滸(おこ)がましい考えは一切無くなっていた。 ただ、だだ自分の気持ちが、ほんの少しでも伝わればいい、伝わってほしいーーそんな思いで名前を呼び続けた。 「ーーっ、伊月、さんっ……ッ!」 首筋を辿りながら、下降して行く唇が右胸の中心を掠める。 上半身が跳ねると同時に、こちらに顔を向けた伊月と視線が絡んだ。 どこか哀しげに微笑んだ顔に、心臓を鷲掴みにされるーー。 気付いた時には、伊月を突き飛ばしており、込み上げてくるものを止めることが出来なかった。 「ーーやっぱ……いや、だ……最後、とか……っ! やだ……っ」 つい本音が出てしまい、急いで口を噤むが後の祭りでーー。 目の前の伊月が、困惑しているのが手に取る様に伝わってきて、気ばかりが急いてしまう。 何か言わないとーー。

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