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第56話

近付くにつれて漂ってくるいい香りに、自然と意識がそちらへと向いていく。 ーー……腹が減ってるから、変な事考えるんだな。 自身で頷きながら、ポケットから聞こえたSNSの通知音を確かめる為、スマホを取り出した。 『6時集合! 店長イケメンやから楽しみにしといてー!』 『ちなみにゲイやって』 『ワンチャンあるかも?!』 開いた瞬間、立て続けに送られてくるメッセージに、またため息が漏れ、返さないままポケットにしまった。 2人の魂胆が分かり、苦笑いものだ。 とりあえず、顔が良ければ誰でいいのかと言う話は置いといてーー空腹で鳴き声を上げている腹を、黙らせる事を優先させよう。 「ーー……なんだ?」 あまり広くない食堂の一角、キッチン付近にある4人掛けのテーブルに並べられた品々に目を見開いた。 グラタンにパエリア、バケットが数本、あとはよく分からないが、凄い品数で、圧巻の量である。 何かパーティでもあるのか? と辺りを見渡したが、他に用意されているものも無く、入口にある掲示板を確認するが、やはり特に予定は入っていないようだ。 「……サービスよすぎじゃね?」 またにおまけをしてくれたり、夜食を作ってくれたりと寮母さんには良くして貰っている。 しかし、これは初めてのパターンで理解が遅れてしまう。まるで祖母の歓迎を表す料理を見ているようだーー。 なんでみんな俺に食わそうとするんだ、そんな事を思い苦笑いをしていると、キッチンから物音がした。 ーー直接聞けばいっか……。 物音の方に体を向け、歩き出した瞬間、後ろに引き戻され持っていた洗濯カゴを床に落としていた。 「ーーっいた! は? なに……っ!」 後ろから抱き締められ、振り返った俺は瞬きも忘れ、その顔を凝視した。 見間違えではないのか、そうも思ったが俺が見間違えるはずは無い。 夢ではないか、そう考えるがカゴに当たった指先が痛み、現実だと教えてくれた。 「…………伊月……さん……?」 「ーーうん……久しぶり、紀智」

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