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第57話
声を確認した瞬間、体ごと振り返り抱きついていた。
「ーーっ……伊月さん!」
「……うん……紀智、ごめんな」
優しいその声に、きゅっと喉が締まり言葉が詰まって出てこない。
もし会えたら恨み言のひとつでも言ってやろう、そう何度も考えていたのに、やはりそんな妄想は無意味だったらしいーー現実は、ただただ嬉しい。それだけなのだ。
もう一度会えた喜びを分かち合いたく顔を見上げるが、伊月の視線は真っ直ぐと俺の後ろの方に向いていた。
「ーーありがとうございました」
視線の方向に話しかけた伊月に、思わず振り返った俺は固まってしまった。
そこには寮母さんがいて、満面の笑みで手を振っている。
「いいんよ。じゃあね伊月くん、鉢谷 くんも」
そのままもう1つの出入口から、寮母さんは出て行ってしまった。
ツッコミどころ満載で、どれから手を付けるべきか悩むーー。
と言うか、いつの間にか冷静に頭を動かせている事に驚きだ。これが、ショック療法と言うやつなのかーーいや、違う気がする。
とりあえず、まだ少し混乱している為、順序よく聞くことにする。
「……寮母さんと、知り合いなの?」
「ん? ああ、俺の店の常連さん……お願いしてここに入れて貰ったんだよ」
視線を俺に戻した伊月は、少し屈むと腰に回していた腕に力を入れた。
「ああ……ここ寮生以外入れねぇしな……って店ってなに? わっ! え……? ちょっと、なにしてんだよ」
喋っている途中に持ち上げられ、伊月の肩に掴まりバランスを取る。
そのまま料理が並べられているテーブルの椅子に伊月は腰掛け、開いた脚の間に入る形で、片脚に俺は座らされた。
ーー……いやいや、何これ。
自然と伊月の首に腕を回す形になり、自ら進んでここに座っているようで恥ずかしいーー。
居心地悪く腰を動かすと、俺を支える腕に力が入った。
「もう、離したくない……このまま聞いて?」
歯の浮くような台詞に顔が熱くなる。そんな顔を見られたくなく、そのまま伊月の首に抱きついたーーいや、本当はただ嬉しくなっただけだ。
しかしーー。
「ーー俺は、別にいいけど……見られるかも、よ?」
「ふっ……俺も、いいよ」
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