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第58話
首筋を軽く吸われ驚き、思わず離れてしまったが、甘く蕩けそうな瞳に誘われそのまま唇を重ねた。
今までで1番熱く、優しい口付けに無我夢中ですがりつくーー。
舌を絡ませながら、こっそりと目を開け、胸がいっぱいになるーー目の前に伊月がいる。妄想でも幻でもない本物の伊月がいる。
角度を変える度見え方の違う鼻筋や、震える長い睫毛の艶やかさーーもう全てを見逃したくなかった。
「ーーふぅ……ン、いづ、き……さん……」
名前に反応したのか、伊月の瞳がうっすら開く。伊月も同じ気持ちなのか? と都合よく解釈すると、目頭か熱くなってくるーー。
名残惜しそうな音を立て、どちらともなくゆっくりと唇が離れていった。
「ーー……えっち」
いやらしい舌使いで、自分の口端を舐めとる伊月に、同じセリフを返してやりたいが、もういっぱいいっぱいで今の俺では無理そうだ。
「……っ、るせー……てか、おせぇんだよ……」
「……ごめん、場所が分からなくて……手間取った」
「はぁ……? 分からないって……伊月さんの母校でって、言った……よな?」
話していて自信が無くなり、声が小さくなっていく。
あの時はどうにか繋ぎ止めたくて、必死だったし冷静とは言えなかっただろうーー今思い返したら、正直ちゃんと伝えれたか確信が持てない。
「……ああ……だから、約束した5月に母校に行ったよ。でも、紀智はいなかった。何回も行っていろんな人に確認したけど……見つからなかった」
伊月の言ってる事が理解できなかった。
確かに俺は宣言通り、伊月の母校に入学したし、浪人した訳でもなかった。
「……意味、わかんねぇんだけど……俺、ずっといたよ? 今も、ほら! いんじゃん?」
眉尻を下げ微笑んだ伊月が、興奮しそうになる俺をなだめる様に頬を撫でた。
「……ここは俺の母校じゃない……晴矢の母校だよ」
「は……? 晴矢さん……?」
俺の勘違いーーだったら話は早かっただろう。だが、あの時は俺も通常運転で、寧ろ伊月の情報を探っていた為、普段より集中していた。
聞き間違えるはずなど無いーーが、晴矢自身が母校を間違えるとも思えない。
「ーー俺、騙された?」
そう考えるのが、自然だ。一応確認してみたが、答えを聞くまでもなくーー苦笑いを浮かべている伊月を見れば明白だった。
「……そうだな、紀智も……俺もな」
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