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第60話

一瞬、言い淀んだ気がするがーーまぁ、いい。 さんざん引っかき回してくれた晴矢に、腹が立つ事に変わりはないが、終わり良ければ全てよし、と言うしーーもう離れる事はない。そう思ったのも束の間、俺は膝の上から降ろされ、早々に伊月と離されてしまった。 「ーーちょっと、待っててくれるか?」 もう待たされるのは御免だーーまぁ、そういう意味で言ってるんじゃないと言う事くらい分かっている。 頷いた俺を確認し、伊月はキッチンの奥へ行ってしまった。 取り残された俺は、目の前のテーブルにあるご馳走様を見ながら待つしか無いのだがーー。 ーー……腹へった……。 一息ついたら、忘れていた欲求を思い出した。 「……伊月さーん! この飯、俺のかな? 寮母さんになんかきいてねぇ?」 単純な俺の身体はもう、目の前の欲望に釘付けだ。 「ーーああ、食べていいよ? 俺が作ったやつだから」 「え?! マジ? やった……っえ……?」 近くなった声に振り返ると、伊月が両脇に抱えている物に目が行き、声が裏返った。 「紀智が寝てた時、作ってみた……それは、長く待たせてしまってごめん、の気持ち……で、これは……今の俺の、気持ち……」 俺の隣に片膝をついた伊月は、持っていた溢れんばかりの真っ赤なバラの花束を2つ、差し出して来た。 まるでフィクションの様な光景で、思わず息を飲んだ。 「……色々、理由を付けて紀智を遠ざけた。大人の俺が、ちゃんとしないといけない、そう思ってた……。でも、そんなのただの言い訳で、始めから紀智の事は受け入れてたんだ。それは、分かってたはずなのに……晴矢にどうしようもなく嫉妬して、逃げてしまった……」 「ーーっ、でも晴矢さんは俺の事、なんとも思ってーー」 口を挟んだ俺を制止させるように、伊月の指が唇に当てられるーー少しだけ震え指先に、素直に従った。 「……晴矢の真意は、今は確認出来ない……でも、俺は伝えられる……。紀智が、好きだ。だから迎えに来た」 「っーー」

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