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1の6 おわかれ
気がついたとき、僕はひとりで絨毯の上に寝転がっていた。
少し肌寒い。
強い風が神殿の中を通っていて、雨粒もそこにはたくさん混じっていた。
外は真っ暗で何も見えない。今は夜なのだろう。
僕が寝ていられたのは、壺が風を遮ってくれていたからのようだ。
バタバタと激しい音がずっと聞こえていて、頭がすっきりしてきてようやくその音を疑問に思った僕は、壺に端を挟まれて風に巻き上げられる古い布切れを見つけた。
元は壺の上に被せられていたものが長い年月でずり落ちていて、それでさっきの僕は気がつかなかったのだろう。
裸のままでは寒いので、ありがたくそれを被ることにした。見るからにボロボロだけどないよりマシだ。
風に踊る布を全身使って抱え込んで、壺の下敷きになっている端を引っ張り出す。
僕の身体に巻き付けて充分余る大きさの布は、分厚いおかげで暖かい。
それを被って雨と風の直接当たらないところまで行ってみる。内も外も明かりがないからよく見えないけど、表は少しだけ明るさがあるから近くのものくらいは見えるから。
外は台風のようだった。
嵐ってこういうことか、と納得する。
木々の葉っぱをザワザワと揺らす風は、それ自身がゴウゴウと唸りをあげている。
地面に叩きつけられる雨粒も数が多すぎてザーザーと聞こえた。
どこか遠くで空が光って雷が鳴っていた。
突然僕の後ろに気配がして、振り返る前に抱き締められる。太くてガッチリ筋肉のついた大人の男の人の腕だった。
「こんなところにいては風邪をひく」
それは雨の神様、雨月の声だった。
どこか別の場所から聞こえていたような今まで聞いていた声と違って、そこで彼が喋っているのだと分かる耳に直接聞こえる声になっていた。
それから、頭にポンと乗せられたのが大きな人の手。体温が伝わってきて暖かい。
「まだ夜明けも晴れも遠い。床敷きまで戻ってもう一眠りすると良い」
風の神様、風月の声がやっぱり耳からちゃんと聞こえてくる。雨月の落ち着いた低い声と、風月の流れるような涼やかな声は対照的なんだけど耳に心地好い。
振り返って見れば、二人の大柄な男の人が二人揃ってそこにいた。
厚い着物を身にまとって二人とも結わない髪が背中に流れている。
雨月は真っ白な肌に暗い蒼の髪と透明な水色の瞳で、風月は日に焼けた肌に深緑の髪と淡い碧の瞳。
純和風なのっぺり顔なのにその色は至極自然に似合っていた。
「……カッコイイ」
「ふふ。そなたに誉められると面映ゆいな」
「左様。そなたの言葉には嘘がないゆえ心地好い」
二人ともご機嫌に微笑んでそんな風に言ってくれるから、僕も照れてしまうのだ。
珍しく自分の頬が動くのを感じて、あぁ笑ってるんだな、と自覚した。
抱き締めている雨月に抱き上げられて、水の塊だった時より少し不安定で慌ててしがみつく。
その僕たちを見ている風月がなんだか泣きそうでびっくりした。
「風月さま?」
何かあったのかと首を傾げて問いかければ、首を振って返されたのだけど。
「風のはそなたが笑うのをはじめて見たのだ」
「雨のは見ていたのか」
「偶然にも一度。儚い笑みであろう」
「まこと。見ているこちらこそが辛くなる」
神殿の奥に向かって歩き始める雨月と隣をついてくる風月が言い合っているけれど、僕には実感のわかない話。
再び古い絨毯に座らされて、二人に挟まれて寝転ぶ。二人分の体温が暖かくて眠くなってきた。
辺りはまだまだ真っ暗で、壺で風を遮っているからまだ不安もなくいられるけれど、強い風と雨の音は騒音の域に達している。
安心して眠くなれるのは、神様たちのおかげだろう。
「眠るまでそばにいてやろう」
「ゆっくりおやすみ」
そばにいてくれる神様たちが嬉しくて眠るのは勿体ないけれど、疲れと暗がりと温もりが僕を眠りに誘う。
「目が覚めたら笑っておくれ」
「心の底から笑っておくれ」
神様たちの二つの声がまるで子守唄のように聞こえていた。
嵐が過ぎて晴れた空が上空を覆ったのはそれから5日後のこと。
国の皇子を代表とする10人くらいの一団が神殿にやって来て僕を保護という名目で連れ去ったのは、晴れた日からさらに3日が経った日のことだった。
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