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2の1 きゅうてい

 建国以来千年を越えるこの島の国は、名をヤマト国というらしい。  大昔、嵐から国を守るために魔術師が施した邪法によって雨風の恵みが断たれてから、自然環境の厳しさ故に外交もままならず、島国という立地に日照り保障される気象故の特産物である良質の塩を唯一の輸出品とし、代わりに大陸から様々な物資を輸入して細々と暮らしてきた貧しい国である。  島といってもそれなりの広さがあり、一周するのに一月かかるらしい。その中で唯一生き物が生きられた神の森周辺は、険しい山脈の麓に当たる扇状地の奥に位置していた。  神の森の中は神様の力が及んでいて雨も降れば風も吹いていたから、人は森を囲んで町を作って暮らしている。神の森の力もさることながら、山脈の山頂に残る氷河の雪融け水も貴重な水源だったようだ。  僕は、そんな島国に雨と風を解放した救世主として、皇宮内裏裏の御殿に迎えられていた。  国の環境や現状は僕を神殿から引き取った時に皇帝陛下に説明されて知った。皇宮ではお世話係の女官さんがたくさんついてくれて、箸の上げ下ろしくらいしかしなくて良いくらいのチヤホヤぶりだ。  けど。  不満に思うのは贅沢だってわかってるけど。 「……ひま……」  誰も聞いてはいないけど、何となく呟いてみた。  外は雨が降っていて、玉砂利を敷いた広い庭がパチパチと音を立てている。  しばらくは不安定なお天気だという雨の神様、雨月の予言の通り、雨だったり晴れだったり忙しない天候が続いていた。  千年も雨のなかったこの国の人たちは大喜びだけれど、雨が降っては外に出られなくて景色も変わらなくて、3日で飽きてしまった。  この世界に来る前は毎日仕事しかしていない生活だったから、余計暇をもて余してしまうんだ。  僕のお世話をしてくれるのは皇宮の女官さんたちで、他にもお仕事をたくさん抱えて忙しくしている人たちだから朝晩とお昼時にしか顔を合わせない。  忙しいのを邪魔したくなくて飲み物が欲しかったら自分で用意できるように茶道具を用意してもらったから、女官さんの手はいらないんだ。  そんなわけで、朝や昼の御飯が済んでしまうと退屈な僕は、次のご飯の支度に女官さんがやってくるまで部屋で一人でぼーっとして過ごしていた。  人の住む町は生き物が住める環境ではあるけれど、その外は虫も住めない過酷な砂漠だ。だから、猫の仔1匹入れないセキュリティ万全の皇宮には鳥も虫も現れない。  雨が降れば空模様も単調で、朝明るくなって夕方暗くなる以外に景色に変化がない。それでも部屋に閉じこもるよりはマシなので、僕は日がな1日庭を眺めて過ごしている。  今日も何もしないで終わるのかな、と暮れていく空を眺めて思っていたんだ。  だから、突然頭を撫でられて驚いた。 『山風よ。いかがいたした?』  聞こえた声が雨月のそれで、僕は声のした方を見上げてみた。そこにいたのは声の通りの雨月だった。 『退屈しておるのか?』  尋ねられて頷いた。  退屈なのはその通りだった。何枚もの薄い着物を重ねて着こんでいるから身体も重いし、特に用事がないからずっとこうして座っている。  この状況は退屈と表現して良いと思う。 「うん。退屈」 『なれば、そなたの退屈しのぎに付き合ってやろう。この世界の昔語りなどはどうだ?』  昔語りということは、雨月が封印される前のお話なのだろう。  何を聞いてもきっと新鮮に感じる僕だから、喜んで頷いたんだ。  今は昔の話だ。とある山にじい様とばあ様が住んでおった。  そんな始まりかたで語られるお話は、桃太郎やかぐや姫、舌切り雀などなど。  ひとつめのお話を聞いている間に風月もやってきて、一緒になって語って聞かせてくれる。神様なのに人間のお話をよく知ってるなぁと感心してしまうんだ。  お話を聞きながら分からない言葉をいちいち教えてもらうから、何だかお勉強でもしているみたいだと思う。  木すら知らなかったことを雨月も風月も知っているから、なんでもちゃんと教えてくれるのが嬉しい。  それこそ、山って何?柴刈りって何?という具合にいちいち止めて教えてもらいながらだから、ひとつのお話が終わるまでに随分な時間がかかる。  3つめのお話に「おしまい」がついた時にはすっかり日も暮れていた。  どれもはじめて聞く話で、といっても元の世界の昔ばなしなんてひとつも知らないけど、楽しい時間はあっという間に過ぎていた。  翌朝。  神様たちがまた別のお話を教えてくれると約束してくれていたから、僕は少しワクワクしながら朝食を摂っている時だった。 「神子様。皇帝陛下がお呼びです。朝食がお済みになりましたら、執務室へおいでくださいませ」  食事を配膳してくれた女官さんにそう伝えられて、困ってしまった。  神様たちと約束してたんだけど。 「急に、何のご用ですか?」 「私どもには分かりかねます。後程ご案内致しますので、お支度を」  麦のお粥と野菜の炒めものとお漬け物が毎朝の朝食で、食べるのはあっという間だ。  お粥のスープを飲み干してお箸を置いて、ご馳走さまでしたと手を合わせてから立ち上がる。と、女官さんが颯爽とやってきてお皿を一纏めに持っていった。ホント、仕事が早い。  僕に与えられた部屋は二間続きで、木のベッドに動物の毛を詰めた布団一式と着物を入れている大きな箱を置いてある方が寝室。どちらも平らな石のタイルを敷き詰めた広い部屋で、居間には食卓とその高さに合わせた椅子、大きなたくさんのクッションが置かれてある。  普段僕がいるのは居間の方で、床にクッションを撒いてふわふわにしたところに座っていた。まぁ、クッションがなければ地べたに座っているようなものだ。  で、皇帝陛下に会うには平服ではダメなので、着替えのために寝室に入って、ここに引き取られて一番最初に教えられた通りの略式正装を身にまとった。  それと、約束を反故にする連絡をしなくては。 「雨月さま。風月さま」  呼べば現れると契約した時に教えられていたから名を呼んでみる。どこにいるのか分からないから声を張り上げる意味もなさそうで、ごく普通の声量で。  それで本当に聞こえたようで、少しも待つことなく二人が僕の前に来てくれた。 『山風よ、いかがいたした?』 『早う我らに会いたかったか』  茶化すような風月の台詞は、呼ばなくてももうしばらくすれば現れる予定だったためだろう。雨月がたしなめるのに僕も困ってしまう。 「皇帝陛下がお呼びだそうなので、いってきます」 『ヒトの王が?』 『そなたに退屈を与えておきながら何用ぞ』  事情を説明した途端に二人揃って機嫌が悪くなった。何事かとびっくりしてしまう。皇帝陛下のことが嫌いなのかな。 『我も行くぞ。どうにも心配だ』 『ならば我も同行しようかのぅ』  何だか気合いの入った風月に雨月まで同調するから驚いてしまう。 「陛下は僕を保護してくれたのだし、何も危険はないと思うよ?」 『ふん。分かるものか』 『ヒトは勝手な生き物よ。信用などできはせぬ』  何しろ、嵐が嫌だからと神々を封じて己の生命すら脅かした愚かな生き物だ。封じられた当の本人たちが信用できるはずもないのだろう。  それは、神を解放して世界を救った救世主に対する扱いの悪さからもきていたりもするかもしれない。  放置されているのが厚待遇だとはさすがの僕も思わない。たくさんの人にお世話してもらえるだけでも僕には贅沢なことだから、それが不満だなんてことはなかったけど。  さぁ行こうか、と促されて、僕はようやく寝室を出る。  着替えだけならそんなにかからないはずなので、待っていた女官さんはすごく不機嫌に僕の前に立って歩きだした。  ていうか、雨月と風月が増えてるのに何の反応もないのは何故だろう。

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