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第8話

 「時間があまり無い。」  あの男はそう言った。俺には時間が余り無いのか。何故、時間が無いのかも分からない。神の御意志とは、何なんだ?  世間はクリスマス前で浮かれている。俺と蓮はそれどころじゃ無い。どんなに文献やネットを調べてもヒントすらない。分かったのはヴァンパイアが苦手とする物位。後は個体差があるらしく参考にならない。  そりゃそうだ。まず、俺は太陽大好き(暖かいから)だし、十字架も平気。しかも、聖なる場所の聖堂が大好きな時点で当てはまらない。後は、純銀製の物、聖水、大蒜....は食えるな。今度教会に行ったら聖水を試してみよう。純銀製の物って何だろう。映画なんかでは、純銀製の弾丸や杭が出て来るが、現実的じゃない。そんな物何処で手に入れるんだ?それに今の俺は、驚異的な回復力がある。そんなんで、倒れるのか?  12月に入り、華はクリスマスのチキンと小遣いを楽しみにしている。華の為にも正直、このモヤモヤを解決したい。クリスマス前にね。  今夜は静かな夜だ。蓮も溜まった仕事をこなす為に帰っているし、華も期末試験の勉強で部屋に篭っている。  俺は大好きな音楽を聴きながら、くつろいでいた。時計はもう11時をまわっている。さて、寝るかとふと、そう何気に外を見た。  そこには、あの外国人が立っていた。銀髪で白いから浮きだっていて、いやマジ、チビりそうになった。  俺は上着を羽織り、ベランダにいる男の元に向かった。  「何しに来た?」  警戒心丸出しで、話しかけて見た。  「神の御意志です。」  「まず、アンタは何者なんだ?名乗れよ。」  「私の名前は、ガブリエル。神の御意思を人間達に伝える者。凛、貴方にも伝えに来ました。」  こりゃまた有名な天使が来たもんだ。誰でも1度は聞いた事あるだろう。でも翼がないぞ?本当に天使か?  すると、1枚の純白の羽根を俺に渡そうとしている。手を出すとその羽根は、消え代わりに、シルバーに輝く十字架のネックレスになった。手にネックレスが触れた途端、まるで焼いた鉄の様な痛みが走る。思わず、落とそうしたら、俺の手をネックレスごと両手で包み込んで言った。  「これは、貴方を守る大切な物。1度身体に触れたら一生貴方から離れる事はない。」  焼ける痛みは徐々に引いていく。ヴァンパイアが、恐らく純銀製の十字架のネックレスって無くない?  「次の安息日に、再び私はここに降りるでしょう。その時、貴方と御父の御前に来ていた男と貴方の娘と共に居なさい。」  なんで蓮と華が必要なんだ?あいつらには、何も関係ないだろう。なんかムカついたから文句を言おうとしたら、もう消えていた。  慌てて安息日の意味と御父の御前の意味を調べた。安息日は、聖なる日で聖日。日曜日らしい。御父の前、これがよく分からない。だけどヒントがあった。俺と一緒に来ていた.....あぁそうか、教会だ。聖櫃の中身はイエスの身体だ。そして、俺が通ってやっていた事は聖体訪問という一種の祈り方だったらしい。  そうか、俺は知らない内に神の御前に行きこれからの不安や心配事を無意識のうちに神に祈っていたみたいだ。  蓮を巻き込んでしまった。迂闊だった。華も俺がナイトウォーカーに襲われた時点で両親に預けるとかするべきだった。  俺は人間の振りをして、人間ごっこをしていたんだ。2人も巻き込んでしまった。後悔先に立たず。  もし、日曜日に2人を呼ばなかったらどうなるんだろう。秘密にするべきか2人に話すべきか、悩んでその日は眠れなかった。  俺は喜怒哀楽が顔にすぐ出るらしい。テストが終わり早く帰ってきた華と週末恒例のお泊りに来た蓮に、悩んでる状態がすぐにバレた。  明日は聖日。約束の日だ。話すべきか黙っておくべきかまだ悩んでいる。その態度に痺れを切らしたのは、華だった。  「何か言いたい事があるなら、サッサと言ってくれない?イライラする。」  蓮も隣で頷いている。  話そう、そしてどうするかは、本人達に任せよう。  夜、ガブリエルが来た事、蓮が気にしている見慣れないネックレスの事。そして2人揃って、明日天使が来るのを待たなければならない事。最後のは、本人達に任せると伝えた。  2人は最初は驚いていたが、ネックレスもあるし、どうやら信じてくれたようだ。    聖日。今日は、天気も良く暖かい。  2人は、俺と共にガブリエルを待つ事を選んだ。華は興味半分、蓮は怒り半分ってとこだ。  昼過ぎ、何の前触れもなく彼は舞い降りて来た。ベランダに。やっぱビックリする。  「神に祝福された者は幸い。貴方達と共に神なる主は居られる。凛、貴方は約束を守った。主なる神イエズスは、喜んでおられる。」  いつの間にか室内にいて、賛美の言葉を言っていた。  「何をするんだ?2人は無関係だ。」  言いたかった文句を言ってみた。しかしガブリエルは、俺を無視して2人に話す。 「男よ、貴方はこの神に赦された者と共に生きる事を望み、共に神の御意志に従うか?」  蓮は、.....即答した。ひと言。 「はい。」  おい、何が起こるか分からないのに、悩まないのか?任せると言った以上、俺はその様子を眺めるしか無かった。   「娘よ、貴女はこの父親と共に生きる事を望み、共に神の御意志に従うか?」  華はどうだろう。いずれ親元を離れる立場だ。  「はい。」    華はまるで自分の運命を悟ったように答えた。まだ10代なのに。何が待ち構えているか分からないのに、2人共さも当たり前のように、ガブリエルの問答に答えた。  「さぁ、この神の恵みである陽のさす場所へ来なさい。」  3人揃って陽が当たる場所に行く。  何が起こるんだ。俺は止まっている心臓が苦しくなって来た。2人は、平常心の様だ。強いな。  陽に当たりガブリエルは益々光輝いている。  「凛よ、貴方は2人の血液を飲みなさい。貴方の渇きも今までより軽くなるでしょう。」  は?何だって?2人の血液を飲む?  「飲む?何でだよ!嫌だね。何をさせる気だ?まさか2人をヴァンパイアにする気か?ふざけるな!」  今まで粛々とした空気だったが、俺の怒鳴り声で空気を破った。マジ頭来た。冗談じゃない。何で2人をヴァンパイアにしなきゃいけないんだ!何が神の御意志だ!俺には理解出来なかった。  蓮は、静かに俺を抱きしめてきた。  「大丈夫。俺は凛と共に永遠に生きていきたい。もう、置いて逝くのも取り残されるのも御免だ。」  そう言って、シャツの首元を開け、俺に自らを差し出す。蓮の瞳は哀しみとも寂しさとも言えない眼差しになっている。  これは運命か?逃げる事が出来ない運命なのか?迷いの中にいる俺に蓮は寄り添う。  俺は、蓮の首元に噛み付いた。涙が止まらない。どうして、こうなったんだ?俺は娘を守っただけなのに。こんなに哀しい行為も神の御意志なのか?  ある程度飲むと蓮は恍惚を通り過ぎて、意識が朦朧としている。その時、ガブリエルは銀色に輝くナイフで腕を切り、流れでる血、天使の血液を蓮に与えている。蓮も朦朧とした中で必死にその血液を飲んでいる。ナイトウォーカーの血液ではないが、きっとヴァンパイアになるだろう。  飲んで暫くすると俺と同じ様に苦しみ始めた。そして、意識を失った。  数分経っただろうか?蓮の意識が戻ると共に髪の毛や身体に変化が起きた。俺と同じ髪、瞳は金色。肌は白くなった。蓮の胸に手を置いた。鼓動がしない。    蓮は聖なる日の今日、人間の人生を終えた。  蓮が俺を見つめている。ほらね、大丈夫って感じで。俺は涙が止まらないまま彼を抱きしめた。  休む間も無く、次は華だ。  「大丈夫か?怖いなら、辞めていいんだよ。」  「私を誰だと思ってんの?アンタの娘よ。怖くなんかないし、第一、独りぼっちじゃないし。」  強いな、華。意志が固い娘にも蓮にしたように、する。しかし余りに哀しくて血液の味なんて分からなかった。天使から血を受け、悶え苦しむ娘。哀しすぎる。普通の大人の女性になって欲しかった。俺は華が変化を終えるまで抱きしめていた。華の変化は見た目だけでは無かった。体が成長し、随分大人びた感じだ。蓮は20代のまま、華は10代より俺たちに近付いた雰囲気になった。美しかった黒髪も今は透き通る白銀色だ。人間離れした美しい女性になった。(まぁヴァンパイアになったのだから人間ではないよね。)  一通り、落ち着くとガブリエルは、俺に与えた同じネックレスを2人にも与えた。やはり痛いらしく顔に苦痛が現れたが、少し経つと大丈夫のようだ。  ガブリエルは、神の御意志を終え満足げに、 「あなた方の上に神の祝福がありますように。神はいつもあなた方と共におられます。」  そう言い残し、消えてしまった。  結局、ヴァンパイアを作って終わった。幸いな事に2人ともディウォーカーになった。  でも目的が分からない。俺達は基本的に存在してはならない者だ。それを何故増やした?しかも、神が使わせたガブリエルの手によって。ディウォーカーはナイトウォーカーより脆弱だ。だから、天使の血液を受け強くした。強くならなければ、ならない理由は?そして、ネックレスの意味は?守る?何から守るんだ?  その理由は、クリスマス1週間前に分かる事になる。

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