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第53話

 ここ数日、カミーノに行くために、仕事を遅くまでこなしてる。蓮、身体崩さないといいけど。  確かに、短期の出張も増えてすれ違ってた。俺は蓮の身体を心配しながらもカミーノ楽しみにしてたんだ。  だけど、全てが順風満帆な訳じゃなかった。  久々に帰宅してからも、メールや電話が増えて会話が減った。俺はホームワーカーだから、正直、蓮とたまに入るモデルのバイト関係者しか人間関係が無い。だから、帰ってきたら沢山話したいのに、全然会話出来ない。  「蓮、少し時間ある?買出し行かない?」  「悪い、いけない。立て込んでてね。」  「うん・・わかった。」  一緒に居るのに、孤独感を感じる。  蓮が風呂に入ってる間も、頻繁に通知音がなる携帯。見ちゃいけない。仕事関係なんだから。でも、気になる。  ロックが外れてる。  『蓮♡此間は、とても楽しかったわ!また、連れてってね!』  『今、何してるの?お仕事かな?私はお肌を手入れしてるの。蓮に褒められて嬉しかった。女子力高めるから!」  『大好きよ♡今度は旅行に行きましょう!何処が良いかな?蓮が行きたい所教えてね♡』  『蓮と私、心も身体もとても相性が合うと思うの。こんなに愛してくれる人は初めてよ。仕事もいいけど、身体に気をつけてね♡』  メール、殆どが女性からだった。仕事関係のは皆無。もう、既読になってたから俺が見た事は分からない。新しいメールも来てたけど送信元が、既読したメールと同じ。見なくても中身は分かる。  携帯を元の位置に戻した。  何だろう。怒りは湧かなかった。複数の女性と付き合ってるみたいだ。怒りより、そうだな。寂しくなった。飲み物飲んで落ち着いたけど。左指の指輪が寂しく光る。  「先に入ったよ、次、どうぞ。」  「あ、うん、ありがとう。」  少し涙目。見られないように、顔を合わせず風呂に入る。  上がったら、蓮がリビングで携帯いじってる。  「蓮、ビール飲む?」  「ん、あぁありがとう。飲むよ。」  「蓮、あのさ仕事、忙しいじゃん。カミーノ、行くの無理しなくていいよ。」  「え?無理しないよ。行くよ?ちょっとトレーニング出来てないけど。」  「ううん。蓮、折角、仕事波に乗って来たのにまた40日近く、休んだら勿体無いよ。」  「う~ん、確かにそうだけど、凛はどうするの?」  「ん?まだ決めてない。俺の事は気にしないで。蓮がしたい様にしていいから。」  先に休むね、と伝えてベッドに入った。カミーノには1人で行こう。そうすれば、蓮も自分の居るべき場所が分かるだろう。結局、蓮の居場所は、俺の所じゃないんだ。華に、カミーノ中止を連絡した。理由は伝えなかった。  出発は、黙って行こう。俺は男だもの。蓮を縛り付ける訳には行かない。  「凛、何か様子が変だ。なんかあった?俺、何かしたか?」  「うん?いや、何もしてないよ?大丈夫。何にもない。」  そうか?と言いながら、パソコンに向かう。  もうすぐお別れが来る。多分、俺はもう誰も好きにならないだろう。疲れちゃった。蓮が最後だ。忘れないように、蓮を見つめる。  夜の交わりも、一回一回を大切に身体に刻む。蓮を愛してる自分に忘れないように。眠ってる蓮の安らかな寝顔も焼き付けなきゃ。涙が溢れてきた。大好き。大好きなんだよ、蓮。  翌朝、ベッドにはもう蓮の姿が無い。早いな。急いで起きて、リビングへ。  「蓮、ごめんね。今から朝食作るから。」  「いや、朝飯はいい。話がしたい。」  ・・・いよいよか。  「何?話って。」  「携帯、見ただろ?」  「・・・・うん。見た。ごめん。」  「見て読んだのに怒らないの?」  「俺に怒る権利なんて無いよ。ほら、大学生の件も有ったしさ。」  出来るだけ、明るく答える。  「あれは事故だろ?浮気じゃない。俺がやった事は浮気だぞ?普通、怒るだろ?」  「俺は、蓮が好き。だから、縛り付けたく無い。怒ってどうなる?修羅場って、別れるくらいなら、俺が身を引いた方が傷も浅くて済むよ。」  「何で怒んないんだよ!おかしいだろ!好きなら尚更だ。怒らないなんてたいして、俺の事、言うほど好きじゃねーんだよ!」  「違うよ。好き。愛してる。汚れた身体の俺を待ってくれた。そんな相手を手放したいと思う?別れたく無い。だけど、蓮が幸せにならなきゃ意味がない。」  その後も暫く言い合ったが、結論は出ずにただ口論になっただけだった。一方的だったけど。  最後に蓮は指輪を外して、壁に投げつけた。  「たいして、好きでもない相手から指輪貰っても嬉しくないだろ!捨てろ、こんな物!」  そう言って、蓮は家を出て行った。  俺は指輪を何とか探し出して、握りしめた。  (嬉しかったよ。あんなに嬉しい事なかったよ。)  中指には緩くて合わなかったから、ほかの指に蓮の指輪を付けた。  蓮は頭を冷ましたかったのか、夕方には戻ったらしい。俺には知る由もない。携帯も蓮のクレジットカードも置いて、カミーノに出発したからだ。  『蓮、蓮をちゃんと愛せなくてごめんなさい。でも、俺なりに愛したつもりだったけど足りなかったみたいだね。蓮は悪くないよ。ちゃんと愛してくれる女性が待ってるなら、そこに行くべきだ。次はちゃんと愛して幸せになるんだよ?浮気したら駄目だよ。良いね?オジサンからのお願いです。俺はカミーノに行きます。家の事は、任せます。』  置き手紙をして、旅立った。  飛行機の中で思い出すのは、幸せだった楽しい事ばかり。これで良い。これが最善の方法なんだ。きっとガブリエルも、蓮に新しいパートナーを与えてくれるだろう。  左手に光る2つの指輪。  大丈夫。これがあれば、俺、1人でも大丈夫。  「何やってんの?ホント、マジで1回死んでくんない?」  事の顛末を華に全て話した。カミーノ中止の連絡が夜中に来て、怪しいと思いつつ学業が忙しく片付いてから飛んで来たんだ。  「浮気しといて、逆ギレ?馬鹿じゃないの?姫の事、試したの?最低!」  ホント、俺は最低だ。性欲解消するために、出先で女性達と交わった。結果、女性達は本気になってメールの嵐だ。  「指輪は?どうしたの?」  外して壁に投げつけた。探したけどみつからなかった。  「う~ん、まずいっすね。凛さん、言葉分からないのに携帯も持たずに1人で行ったんですよね。トラブルに巻き込まれなきゃ良いけど。」  健太も心配してる。  「何してんのよ。さっさと荷造りしなさいよ。姫の所まで飛ばしてやるから。情けなくて仕方ないわ。」  慌てて荷造りをする。ある程度はやってたからすぐに発てる。パスポートもクレデンシャルも有る。  「健太、今、姫どの辺?」  「えーと、また気配消してますね。ちょっと待ってね。探すから。」  あの時みたいに気配を消してるのか。本気で身を引くつもりなんだな。  何とか、出発地点に来た。やっぱ言葉がわからないのは大変。携帯もないから、翻訳アプリも無い。でも3回目だから手順は分かる。1人で来たけど、同行二人。指に蓮が居る。一人じゃ無い。宿に入り、指輪をした手を握って眠りにつく。  目立たないように人間の姿。気配も消してる。追いかけては、来ないだろう。いや、来ちゃダメだ。蓮は俺からちゃんと卒業しなきゃ。  「うーん、今、ディウォーカーの姿じゃ無いですね。余計に場所がわからない。」  「もう、適当に飛ばす?」  「駄目だよ。範囲が広すぎる。」  夢を見た。沖縄だ。ハネムーンとか言ってふざけてたな。指輪貰った時は、本当に嬉しかった。海で遊んで、美味しい物沢山食べて。今まで生きてきて1番楽しい想い出だった。なのに涙が止まらない。ん、好きなのに別れるって、こんなに辛いのか。でもちゃんと受け入れて消化しなきゃ。  「泣いてる。凛さんの感情か高ぶってる。わかった。出発地点の街に居ます。まだ宿で寝てる。」  「蓮、飛ばすよ。次しくじったら、私、許さないからね。」  「わかった。済まない。」  フッと身体が浮いたかと思ったら、見知らね街だ。俺は前回、途中から歩いたから、この街を知らない。宿の前に飛ばすと言っていた。もうすぐ夜が明ける。出発は早い。凛が出てくるまで、宿の前で待つ。  簡単に朝飯を食べて、さてと出発。早く発たないと次の街で宿が取れない。クレデンシャルにスタンプを貰い、宿を出た。  「凛!」  え?え?な、何で蓮が居る?  「凛、ごめん、ごめんね。俺が悪いのに、逆ギレして。凛は悪くない。」  蓮が泣いてる。状況がまだ良く分からない。気配消してた筈なのに。  俺の左手を見て  「あぁ、あった。探したけど見つからなくて。凛が持ってたんだね。」  指から指輪を抜いて自分の左手に付けた。  「手紙、読んだ?ちゃんと前に進んで欲しかったのに。」  「俺が一緒に歩くのは凛だけだよ。凛しか駄目なんだよ。」  絞り出す声で伝えてくる。  「駄目だよ。日本に帰るんだ。蓮。蓮のパートナーは、俺じゃ駄目なんだよ。」  凛の態度は頑なだった。それはそうだ。浮気されといて逆ギレ、指輪も捨てて家を飛び出したんだ。帰って置き手紙みて、呆然とした。  「嫌だ。帰らない。凛とカミーノ歩くんだっ。」  大の男がしゃくりあげて泣きながら帰らないと駄々をこねてる。あぁ、駄目だ。俺の気持ちも揺らいでしまう。決めたのに。身を引く。そして1人で生きていくって。  「駄目だよ、帰って?また同じ事繰り返したら辛くなるだけだよ。」  携帯が鳴る。華からだ。  〔もしもし?姫?〕  「うん。華が蓮を飛ばしたの?」  〔そうよ。浮気されといて、なんで姫が身を引くのよ。馬鹿じゃないの?怒りなさいよ。姫の相手は蓮だけよ?姫と生きるために人間やめたのよ?分かってる?〕  「大丈夫だよ。俺、1人でも大丈夫。」  〔大丈夫?何が大丈夫なのよ。別れて平気なくらい図太い神経してたら、1人でカミーノには行かない。〕  「・・・うん、そうだね。」  〔あと1週間で夏休み入るから、その街でゆっくりしてて。合流するから。その間に、蓮とちゃんと向き合いなさい。〕  そう言って電話は切れた。  「華がこの街で、待てって。合流するから、それまでにちゃんと話し合えって言われたよ。」  「うん、分かった。まだ早いから、公園かどっか行こう。」  やっと蓮も落ち着いて、公園に向かう。会話は無い。  「怒っていいんだよ?俺が悪いんだ。携帯のメアドも変えた。女からはもうメール来ないよ。」  パンッと音が鳴る。俺が蓮を引っ叩いたからだ。  「何で逃げるんだ。女性達は本気だぞ!俺を選ぶならちゃんと謝罪して然るべきだろ!」  気持ちが爆発した。  「俺が好きなら、ちゃんと清算してから来るべきだった。そうだろ。」  怒りが湧いてきた。  「女の子、弄んで楽しかったか?蓮は最低だ!」  俺の目からも涙が溢れて止まらない。怒りと悲しみ、それから追いかけて来てくれた安堵感がごちゃ混ぜだ。  「ごめん、ごめんなさい。女の子達には今から謝罪する。」  携帯で、謝罪のメールを1人1人に送る。返信は、罵詈雑言。当たり前だ。  「凛、凛に触れていい?抱きしめたい。」  「駄目。まだ駄目だ。まだ蓮を許せてない。」  川の近く。川の流れる音を聞きながら夜が明けた。  思っていた以上に俺は怒っていたみたいだ。寂しい?そんな言葉で誤魔化してた。同行二人?そんな訳であるか。浮気されて、何で俺が身を引くんだよ。綺麗事で済ませようとした自分にも腹が立つ。  腹が立ったら、腹減った。  「もう、バルが開いてるだろ。腹減った。バル行くぞ。」  「うん、わかった。」  メールのやり取りを終えて、ボーッとしてた蓮を連れて、バルに行く。2度目の朝飯だが、バリバリ食う。蓮も無言で、朝飯を食べる。  巡礼者達はとうに出発して、街は静かだ。連泊出来る宿を見つけ、部屋に案内された。眺めも良く、暫く休める。華に泊まってる宿を教える。  「俺、眠いから、寝る。蓮は好きな事やってれば。」  早起きしたし、時差ボケで眠い。それに怒って疲れた。満腹だし、眠たくなった。  蓮は荷物からノートPCを引っ張り出し、恐らく途中だった仕事を片付けてる。仕事も女の子達も放ったらかしにして、俺を追いかけて。何してんだ、蓮は。蓮の姿を眺めながら、眠りについた。  凛は、怒ってた。自分が怒ってる事に気がついてなかっただけだった。正直、女も仕事も放り出しても良かった。だけどそんな事したら余計に凛は怒るだろう。メールで謝罪したけど、女達からは罵りのメールばかり。仕方ない。自分のせいだ。まぁ、謝罪とは名目だけで、お前らじゃ俺は満足しないってメールしたからね。最低男で結構だ。凛に受け入れて貰えれば、罵声なんて気にならない。  凛の寝顔は、本当に美しい。今は人間の姿だけど、それでも綺麗だ。そっと額にキスをした。  「・・・まだ許してないのに。」  起きてた。でも、笑顔だ。スッと本来の姿に戻った。  スウッと大きく息を吐いて、また眠りについた。俺も眠い。一寝入りするか。ベッドに入るとすぐに睡魔に飲まれた。  目が覚めたら夕方だった。外を見ると次の巡礼者達で賑わってる。  「ん~、よく寝た。今何時?」  「夕方の6時過ぎ。飯食いに行く?」  そうだな、と頷いて宿を出て街を歩く。そんなに大きくはない街だが、出発地点で有名だから、バルや土産屋で賑やか。なんか寝たら、怒りも落ち着いて、馬鹿みたいだなと思えて来た。悲劇の主人公になりきって1人でカミーノに出るとか。陶酔し過ぎだろ。俺。  蓮に寄り添い  「蓮、蓮は俺のもの?そう思って良いの?」  「うん!そうだよ!俺は凛のもの!凛はおれのものだ。」  キスしようとして来たけど流石にメインストリート。恥ずかし過ぎる。  「駄目。場所考えろっ!」  ポカッと頭を叩く。  食事を終え宿に帰ると蓮がちょっと買い物して来ると外出。風呂付きの部屋だからその間に風呂に入ろう。  上がったら、蓮が帰って来てた。  「何買いに行ったの?」  「コレッ!」  ・・・コイツ、本当に馬鹿じゃなかろうか?巡礼路の出発地点で、ディオルド買ってきた。  反省って単語、抜け落ちてる。絶対に。

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