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第104話
「凛、あのさ、話がある。」
「何?改まって?」
天馬も少し驚いてる。蓮から話。
「半年くらい前にさ、株主総会あってその時、知人にあって飲み会行ったんだよ。覚えてる?」
「う〜ん、あんまり覚えてないかなぁ。なんでそんな前の話?」
「久しぶりにさ、酒沢山飲んでね、凛に面影が似てる女の子に、その、あれだ。」
「手を出したんだ?」
天馬が言った。
「また、浮気?ちゃんと清算してこいよ、もう。」
多少、傷ついたけど、酒の場だし仕方ないと思った。
「・・・その女の子が、その妊娠したって連絡が先月あった。」
「ハァ?妊娠?」
声が裏返った。生殖能力は、無いはずなのに。
「今月、胎児から羊水取って血液型、確認したらどうやらその、俺の子らしい。DNA検査は生後じゃないと正確に分からないって。」
心が、スーッと冷たくなるのが分かった。
「もう6ヶ月なら中絶無理じゃん、何やってんの?パパ?」
「蓮、どうするの?」
「示談交渉しようかと。」
「馬鹿じゃない?その女の子、1人で出産と育児?金で解決?・・・荷物まとめて、彼女のトコに行ってくれる?」
「凛?どうして?俺は凛だけ・・」
「じゃ無かったってことじゃん。こっちは、天馬の育児終わったし、蓮が居なくても平気。」
「でもっ!」
「彼女は1人?だったら、支えてやんなよ。赤ん坊に罪はないよ。責任はちゃんと背負って来い。」
蓮が、俺に触れようとした。
「さ、触るな!俺に触るな。蓮の無責任さにもう辟易したよ、許してやる方法は1つ。」
「な、何?何でもやる。」
「荷物、まとめて出て行ってくれ。」
蓮は、哀しそうな顔をしながら、離れた。
まただ。また、お別れだ。今回は、どうしようもない。子供が生まれる。逃げようがない。
翌日には、元々私物が少ない蓮は出て行った。
一言も交わさず。30年。離れたり、くっ付いたりしたけど、これはもう戻って来ないだろう。
「凛、本当にこれでいいの?」
天馬が心配気に声を掛けてきた。
「仕方ないよ。育児に1人は大変だもの。テンもデカくなったし、しょうがないんだよ。」
また、独りぼっちになった。好きとか嫌いとかそんな感情は、持ち出せなかった。赤ちゃんが生まれるんだ。父親は必要だもの。身を引く以外に選択肢は無い。蓮が残していったプリンターで、携帯に入ってる蓮の画像をプリントアウトして、写真立てに。もう2回目だな。今度は、長い付き合いになりそうだね。写真立てに話しかける。置いて行った指輪と自分の指輪を外してケースに入れた。
(終わりって、いつも呆気ないよね。)
涙は出なかった。
華の耳にも入ったが、何も言わなかった。
毎日、虚ろな日が続く。俺は少しずつ、壊れ始めた。
「美容室、行ってくる。買い物もしてくるから、遅くなるから。テン、隆のトコに行ってて?」
「うん、分かった。」
美容室で、髪の毛をストレートにした。女性の髪型にした。女顔だから、違和感ない。
帰りには服を沢山買った。ワンピースや、スカート、靴に下着。
家に帰って、翌日から女の格好で生活し始めた。
「凛、どうしたの?」
不安気に天馬が尋ねる。
「この方が違和感ないだろ?外にもあんまり出ないし。・・・パパは女性が好きなんだよ、だから帰ってきてくれたら、女になってなきゃまた、出て行っちゃう。」
「凛・・・。」
自分で、追い出したのに帰って来てくれるのを待つなんて、矛盾も理解出来ない。
蓮の携帯にも電話するけど、出てくれない。
(元気かな。彼女と上手くいってるんだろうか?上手くいってるから電話でないのか。)
数ヶ月したら、やはり1人だと痩せてしまった。
朝、目が覚めた。けど辺りは真っ暗。何でだろ?手探りでスマホ見つけて触るが、灯が見えない。
何とか音声機能使って、天馬を呼ぶ。
「凛!どうしたの?何があったの!」
「ごめん、どうやら目が見えなくなったみたい。どうしようかな。」
「どうしようかなって、病院!」
「ストレス性の視覚障害ですね。様子見るしか。」
天馬と華が福祉に取り合って、杖を持ってきた。
「ありがと。これがあれば何とか生活できるよ。テン、隆のトコに帰っていいよ、華も。」
「身の回りどうすんのよ。」
「大体、覚えてるし、風呂は音声機能あるし、料理も宅配にして貰うよ。だから、大丈夫。」
何とか2人を帰らせた。
折角の写真、見れないな。楽しみは気に入った音楽を鬼リピート。
(蓮の声、聴きたいなぁ。)
でも、そろそろ赤ちゃん生まれる時期だ。騒がせたら邪魔だな。
洋楽のハローって曲、英語苦手だけど、俺の気持ちと重なってずっと聴いてたら覚えた。
もう数年経ったけど、相変わらず俺の世界は真っ暗。何も見えない。
身支度も簡単な料理も出来るようになった。
まぁ外には出ないけど。あぁ、数ヶ月に一回、美容室に行く。ストレートにして貰って綺麗にしとく。見えなくても、見えなくても蓮に会った時、綺麗で居たいから。
風呂上がりに、テンが時々様子見にくる。
「綺麗だね、凛。」
「ありがと。髪の毛おかしくない?」
「うん、大丈夫。綺麗。」
テンの顔も見れないな。寂しいかも。
朝起きて、音楽流してソファーに座って時間が過ぎるのをただ待つ。手には写真立て持って。(多分。見えないから分からない)
インターフォンがなる。壁伝いに出る。
「どちら様ですか?」
『俺だよ、蓮。』
驚いたけど、追い返す訳には行かない。だって会いたかった。ずっと。多分、女性の元へ帰るんだろうけど。
「いらっしゃい。」
蓮を迎え入れる。
「何で、部屋真っ暗なんだ?」
「今の俺に灯要らないから。」
「え?」
「えへ、見えなくなっちゃった。突然ね。もう数年前だから慣れたよ。」
「な、何も見えないの?」
「うん、何も見えない。でも生活はちゃんとしてるよ?大丈夫。」
パチっと灯を付ける音。
「その姿は?どうして女性の格好、髪型まで?」
「こっちの方が違和感ないでしょ?まだ見えてる時からやってたからおかしくない筈なんだけどな。」
笑ってみせる。ちゃんと笑えてるかな?
「今日は、話があってきた。」
「うん、ちょっと待って。コーヒー淹れるから。」
手探りで、豆とミルを準備する。
「だ、大丈夫、コーヒー、要らないから。」
「少し時間かかるけど、コーヒー位飲んで帰って?滅多に人に合わないから嬉しいんだ。」
ガリガリと豆を挽く。お湯を溢しながら、何とかコーヒー作った。
「どうぞ。飲めるかなぁ?」
「大丈夫、前と変わってないよ。」
「お、美味しい?」
「美味しいよ、甘い。良い豆だね。」
蓮の顔、見たいけど声がする方を何となく見つめる事しか出来ない。
「あのさ、子供生まれたんだよ。もう3歳になる。」
「そう、可愛い盛りだね。」
「・・・可愛いんだけどね、俺にちっとも似てない。彼女には悪いけど、子供連れてDNA検査、3回したよ。」
「 ・・・・。」
「3回とも、親子関係無しだと。」
「え?蓮の子じゃないの?」
「あぁ。だから彼女を追求したら、子供の為に俺を父親にしたかったってさ。俺の人生滅茶苦茶にしておきながら、被害者ヅラして。」
「・・だけど、子供に罪はないよ。」
「分かってるよ。でも、最初から怪しかったから、婚姻届も出す振りして出してない。」
「・・・結婚してないの?」
「あぁ、してない。しなくて良かった。騙されたんだ。今も喧嘩してきた。」
「・・ちゃんと仲直りして?例え血が繋がってなくても、子供は、蓮がパパだと分かる年頃だろ?」
「俺は彼女と別れるつもりだ。父親もちゃんと分かってるし、彼女の気持ちも俺じゃなく、その父親、彼氏にしか向いてない。」
「そうか。じゃ、蓮は、フリーになるんだね。自由だ。」
「戻りたい。ここに。ダメ?」
「・・・もう、何回、同じ事繰り返した?俺達は、同じ道じゃないんだよ。過去から、学ばないとね。」
「俺の事、もう好きじゃない?愛してない?」
「もう、遠い存在かなぁ。蓮の足を引っ張る役目じゃん、いつも俺。」
「そんな事ない!足引っ張ってないよ!」
「今だって、見えないんだよ?現実見なきゃ。・・・たまに、コーヒー飲みに来て?それなら、お互い迷惑にならないだろ?」
「俺が来たら迷惑なのかよ。分かったよ。もう、来ないよ。」
立ち上がる音。違う、違うのに。だけど、呼び止める勇気出なかった。せめて、見送ろうと、慌てて立ち上がって、盛大に転んだ。
「イテテッ、れ、蓮?まだ、居る?今日、来てくれてありがと!ま、またいつか、来てね、嬉しかったよ!」
別れて始めて涙が出た。またいつか、いつか来てくれたら、来てくれる希望だけで暗闇でも生きていける。
「いつかって何だよ、ずっと一緒に居たら駄目なのかよ。凛。」
すぐ耳元に蓮の声。
「蓮は自由になったんだよ。だから、縛り付けたくない。いつか、また、コーヒー飲みに来て?そしたら、俺頑張って生きていけるから。」
「分かったよ、コーヒー飲みに来るよ。」
「うん、ありがと。」
手を伸ばすけど、蓮に触れられない。もどかしい。
「俺はここ。ほら。」
顔、触れた。優しい笑顔が浮かぶ。
「濡れてる。泣いてるの?蓮、泣かないで?また、遊びに来て?友達に戻るだけだよ、ね、泣かないで?」
「じゃ、また来るね。」
「うん、またね。」
嬉しい。蓮に逢えた。泣きながら笑う。暗闇の中だけど、顔にも触れた。
久しぶりに熟睡出来た夜だった。
数日後、気分が良くて一人で、マンション横の公園にでた。寒いから人の気配はしない。スマホから、音楽流して、ハローを歌ってみた。
今までの事、本当にごめんね。
ただ言いたいだけなの。
もしもし 聞こえるかしら
精一杯貴方の事呼んでるの
貴方を傷つけた事 ごめんね。
もしもし
貴方に電話にでてほしいの。
今までの事謝りたいだけなの。
だけどもう大丈夫よ
貴方を傷つける事さえ出来ないんだから
永遠に
下手くそな英語で、呟くように歌った。
蓮に届くといいな。
しばらく冬の日向ぼっこして、部屋に戻る。
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