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第105話

凛が盲目になった。 数年ぶりに会った。少し痩せていたが、美しかった。俺の軽率な行動でまた凛を追い込んだ。 「よく、顔出せたね。」 天馬から罵られた。 逢いたかった。ずっと逢いたかった。 親子関係が無いと確定した今、女と居る必要は無い。帰りたかった。 凛の心はすっかり病んでいた。天馬から聞いた。女性にならなきゃ、蓮がまた出て行く。 そんな訳無いのに。 見えない手で、ぎごちなくコーヒーを淹れてくれた。 一緒に暮らす事は拒絶された。もう、生きる道が違うと。何度も繰り返して、疲れたんだろうな。 好きなのに別れはやってくるのか。 「また、いつか、いつか来てね。」 ずっと一緒に居たい。 数日後、また凛の元へ行った。マンション横の公園に1人座ってる。 小さな声だか、歌ってる。 今までの事、本当にごめんね。 ただ言いたいだけなの。 もしもし 聞こえるかしら 精一杯貴方の事呼んでるの 貴方を傷つけた事 ごめんね。 アデルのハロー。 凛は何も悪く無いのに。身を引かせたのは俺の所為なのに。声を殺して泣いた。 暫くすると杖をつきながら、マンションに帰って行った。 間を置いて、凛の元へ。 「あの、コーヒー飲みに来たよ。」 『蓮?ちょっと待ってね、今開ける。』 ガリガリと、俺の為だけに見えない暗闇の中、コーヒーを作ってくれる。 「豆はね、テンに頼んで買って来てもらうんだ。モールはもう遠いし、街中は人が多いから、俺行けないからね。パパが好きな豆、ちゃんと選んでくるんだよ。」 リビングには、もう傷んだ写真立て。中には色が褪せた多分、俺の画像。俺が帰ってくるのを待ってる。だけど、同じ事の繰り返しが怖くて、受け入れてもらえない。 時間かけて心開くしか無い。 「あれ?凛、化粧してる?」 「あ、バレた?華に頼んでね、簡単に出来るような化粧、教えてもらったんだ。女性に見えるかな?」 「化粧なんてしなくても、綺麗だよ凛。」 「化粧は女性の身だしなみでしょ?やれるようになんなきゃ。」 クスクス笑う。 「本当はね、手術して女の子になりたいけど多分、回復能力で戻っちゃうんだ。だからね、残念だけど脱いだら男なんだよね。」 「そんな事、しなくて良いよ、なんで?」 「んー、また、もしも、また蓮とお付き合い出来るなら女の子の方が、蓮好きでしょ?だから。あ、でも胸だけなら、手術できるな。大きい胸がいいかな?」 凛、そんな事しなくていいのに。以前だったら、女性の服着るの抵抗してたのに、今は化粧して、下着もどうやら女性用身につけてる。 「喋り方も、変えなきゃ。俺じゃダメだよね。私?私だね。頑張って変えなきゃ。」 「コーヒー、ご馳走さま。また、来ていい?」 「いいよ!いつでも。俺、あ、私、暇だから。朝、起きて、ずっとソファーに座ってるだけだから。」 「身の回りは?」 「洗濯とモップ掛けくらい。食事は宅配だから。」 凛は女性になりたがってる。俺に愛される為に。自分の自我を捨てて、俺に合わせようとしてる。見えなくなった原因は俺なのに。 「次、来た時、デートに誘っても良い?」 「デ、デート?え、あの、つ、付き合うの?」 「俺は付き合いたい。駄目?」 「お、わ、私、服もう何年も買ってないし、出掛けるの恥ずかしいかな。だ、だって女装バレたら蓮も恥ずかしいんじゃない?」 「大丈夫。そこら辺の女より、綺麗だ。」 数日後、凛の元へ。今日は、デートだ。とても切ないデート。楽しい筈なのに、愛おしい相手は自分の所為で盲目になった。 「凛、迎えに来たよ。」 もう、華も天馬も何も言わなくなった。 『降りるから、少し待って。』 きっと華が、したんだろう。メイクして、髪も綺麗にセットしてある。 服は古い印象だけど、凛自身が美しいから気にならない。 「蓮、お待たせ。ゴメンね、何するにも時間掛かっちゃうから。」 目線が合う事はない。一生懸命、笑顔を作ってる。 「大丈夫。綺麗だね。行こうか。」 車で市街地へ。 「ど、どこ行くの?」 凛は俺に再会してからずっと緊張してる。言葉を選んで、余計なこと言わないように。 「服。服見に行こう。」 「あ、あの、あんまりお金ないから、リサイクルショップに行きたいんだけど。」 今は、天馬と華からの援助で生活してるみたいだ。 「わかった、そこに行こう。沢山買えるしね。」 「あ、ありがとう。買い物なんて、数年ぶりだよ。嬉しいな。」 凛が笑う。控えめに。女顔で綺麗で男性だったから目立つと思ったらしい。 今は人間の姿で、女装してる。多分、男性ってわかる奴はいない。 リサイクルショップについて、 「蓮、ゴメンね、売り場分からないんだ。その、連れて行ってくれないかな?」 「勿論、連れて行くよ。」 「1人じゃ何にも出来ないんだよ。皆んなに迷惑かけてるんだよね。申し訳ないなぁ。」 「今まで、凛が頑張ってきたんだ。皆んな分かってるから、迷惑なんて思ってないよ。」 「蓮だって、お、わ、私より、健康な女性と付き合わなきゃ。お、お友達だから。わ、私とは。」 まだ、壁を作ってる。あくまでも、友達。凛の心は本当はどうなんだろう。 数点女性服を買って店を出る。 「スィーツ食べに行こうか?」 「え、あ、あぁ、いいよ。今日楽しかった。買い物、付き合ってくれてありがとう。」 「もう帰るの?」 「うん、帰るよ。蓮の大事なプライベートな時間、わ、私の為に使わないで?」 「今日は、デートだよ?」 「うん、ありがとう。楽しかった。充分楽しめたよ。だから、大丈夫。」 「そうか。うん、分かった。じゃ家まで送るから。」 僅か2時間のデート。服も、凛が自分で買った。あくまでも友人としてのデートだからだ。 「部屋まで送るよ。」 「あ、だ、大丈夫。帰れるから。今日はありがとう。また、暇な時、コーヒー飲みに来て?・・・彼女出来たら紹介してくれたら嬉しいかな。どんな子か気になるかも。」 クスクス笑う。 どうして?俺は凛しか見えてないのに。凛はもう、俺の事、どうでも良いのかな。 「凛はね、いつも写真立てに話しかけてるんだよ、パパ。色あせてもうよく分からないパパの画像に。見えないから、分からないけど何時も大切に抱き抱えて、家の中で動いてる。ベッドとソファーとトイレと風呂。これが凛の住んでる世界の全てだよ。外出もしないし、食事も福祉の1日1食。後はずっとソファーに座って写真のパパに話しかけてる。」 まるで、監禁されてた時と変わらない生活じゃないか。自分の身を引く事で、全て穏便に終わらせようとしてる。 凛には内緒で、天馬と一緒に凛の家に入る。 「凛、テンだよ、軽く掃除に来たよ。」 「あぁ、テン、ありがとう。いつも助かるよ。ゴメンね。折角の時間を介護に使わせて。」 「謝らないで。好きでやってんだから。」 あまり動かないから部屋は綺麗だ。風呂とトイレの掃除を週一でやってるらしい。 「パパとのデート、どうだった?」 「え、あぁ、うん、凄く楽しかったよ。買い物したんだ。蓮の腕に触れてね、服選んだよ。楽しかった。また、コーヒー飲みに来てくれるかなぁ。」 「来るよ。パパは、凛の事、諦めないから。」 「うーん。それは困るなぁ。彼女出来たら紹介してって、言ったんだけど。」 「何で困るの?」 「いつまでも、俺に執着してたら、蓮はずっと独りぼっちじゃないか。新しいパートナー見つけて、幸せになって欲しい。」 「それ、本音?パパは浮気して、追い出されたんだよ?凛はパパの事、許してないの?」 「許すも何も、最初から怒ってないよ。蓮は元々女性が好きなノーマルな男なんだよ。偶々、ディウォーカーの俺に惹かれただけだから。時が来れば、別れは覚悟してたよ。だから、時々女性に手を出してたんだ。」 自嘲気味に笑う。 「もし、願いが叶うなら、女になりたいなぁ。そしたら蓮の腕の中に戻れるのに。」 小さな声で呟く。 女にならなくっても、戻れるのに。 手をリビングのテーブルに伸ばして何か探してる。 「凛、はい、写真。」 天馬は分かってる。凛は切ない片想いしてるのだ。俺の幸せを願いながら、静かに想い続けてる。 「ありがとう。これないと、落ち着かないや。」 写真立てを抱きしめる。 「今日は、楽しかった。でも、もうデートは、断らなきゃ。早く俺から卒業しなきゃね。蓮。」 「どうして?どうして、いつも凛が身を引くの?悪いのはパパなのに!」 「その方が蓮の為だからだよ。ただ、片想いはしていいよね。言わなきゃバレない。」 写真立てにキスをする。 抱きしめたい。今すぐに。 天馬を見ると俺を睨みつけている。凛は許しても、天馬はまだ許してないのだ。 凛にわからないように、静かに家を出た。 凛は、まだ俺の事が好きだ。 諦めない。天馬にも華にも許されないだろうけど、時間かけて、凛の心を溶かそう。 師走になった。 クリスマス。 凛が大好きなケーキ屋から買って、またコーヒーを飲みに来た。 「久しぶり。彼女出来た?」 笑顔で、迎えて来れた。 「あぁ、片想いだけどね。好きな子出来たよ。」 遠巻きにテンや華達が見てる。今日はクリスマスだから集まってる。 「へぇ!どんな子?」 満面の笑み。頑張って笑ってる。 「薄いブロンドで、腰が細くてね。今時珍しい控え目な子だよ。」 「ほー、会ってみたいなぁ。ブロンドなら、蓮とお似合いだね。」 「でも、片想いだよ。その子の心は頑なに1人の男性を想ってて、入り込めない。」 「それは辛いなぁ。諦めきれない?」 「うん、諦める理由が無い。笑顔が素敵だね。ずっと眺めていられる。」 「そんなにステキな子なんだ。片想い通じると良いね。」 「ただね、凄くニブチンなんだよ。気がついてくれない。」 「その子も片想い中なんでしょ?」 「うん。その片想いの男はよく知ってる奴だよ。」 「し、知り合いなの?」 「あぁ、髪はブロンドで、浮気性。何度もその子に辛い目合わせてるのに、学ばない。」 「・・・それ、蓮の事?」 「片想いしてる子は、凛っていうの。」 笑顔が崩れた。 「ダメだよ、ダメ。わ、私とは付き合っても、また繰り返しちゃうよ。」 両手で顔を覆ってしまった。 「いきなり一緒に暮らさなくて良いから。今のペースで、コーヒー飲ませてくれたらそれだけで幸せだから。」 「ダメ、ダメだよ。蓮は女性と付き合わなきゃ。」 「俺、勃たない相手と付き合うほど物好きじゃない。」 「だって、だって私、男だもの。蓮を幸せ出来ないよ。」 泣き声だ。 「そばにいて。それだけで幸せだから。」 「あー、見ててイライラするわ。蓮の浮気性もだけど、姫のその悲劇のヒロインにすぐなる癖!どうにかならない?」 華は今までの事、全て知ってる。 「・・・華、だって、俺、男だもの。また捨てられるよ。もう、もう耐えられないよ。」 「それは、男とか関係ないの!ただの浮気性!今回はタチが悪い女に捕まったのよ。今までの天罰でしょ。」 「俺はどうしたら良い?」 「頑なになっちゃってる姫を壊してよ。話はそれからよ。後は2人で何とかして。」 そう言うと華は帰っていった。 「僕も華と同意見。掃除には来るけど、もう何も言わない。寄りを戻そうが、別れようが自分達で決めて。」 クリスマスなのに、子供達は帰ってしまった。 「ゴメン、凛。俺が来て余計な事言ったから、クリスマスなのに皆んな帰っちゃった。」 「・・・いいよ。1人は慣れてる。」 「ケーキ、ケーキ買ってきた。食べよう?」 「・・・。後で食べるから冷蔵庫に入れてくれる?」 「・・・また、またコーヒー飲みに来ていい?」 「・・もう、駄目。友達だったから受け入れたのに、それ以上を望んでるならもう、駄目。」 「凛は、俺の事、嫌い?来ない方がいい?」 「き、嫌い。振り回されてもう、やだ。来ないで。」 (そんな事ない。逢いに来て欲しい。だけど) 「また、また来るから。」 「・・来ても入れない。」 すぐ正月になった。 「凛、コーヒー飲みに来たよ。入れて?」 『駄目。帰って。』 「今までの事、本当にごめんね。 ただ言いたいだけなの。 もしもし 聞こえるかしら 精一杯貴方の事呼んでるの 貴方を傷つけた事 ごめんね。 もしもし 貴方に電話にでてほしいの。 今までの事謝りたいだけなの。」 インターフォンで、囁く様に歌った。 ガチャと開く音。 エレベーターの扉が開いた。 そこには泣いてクシャクシャな凛が立ってた。 「同じ歌、俺達ずっと聴いてたんだよ、凛。」 「蓮、蓮、浮気しないで?そばにいて?」 「信じてもらえるか分からないけど、もう馬鹿な事しない。凛のそばにいる。帰って来ていい?」 「うん、うん、いつでも帰ってきて?頑張って女の子になるから。」 「女の子にならなくて良い。凛のあるがままで良い。」 すっかり小さくなった身体を抱きしめる。 アデルのハロー。 悲しい曲だけど、俺達の気持ちが繋がるラブソングになった。 引っ越しは簡単。服とノーパソだけ。 「手伝えなくてゴメンね。」 「手伝うほど、荷物ないよ。平気。」 「一息ついたら、散歩行かない?今日は天気が良い。」 「う、うん。行く。」 もう、格好は男性に戻してる。まだ、視力は戻らないけど、ストレスからならきっと回復する。 「あ。」 「何?」 「少しだけど、明るいのわかる。」 「え?本当?少しずつ回復してんのかな?」 「は、早くみえる様になりたいな。蓮の顔見たい。そんで、思いっきりつねる。」 それは遠慮すると笑いながら、散歩に出た。 「我が親ながら、まぁ何度同じ事すりゃ学ぶんだろうね。」 「そんなにやってんの?」 「そうよ、姫はすぐ身を引いちゃうし、蓮はすぐ浮気しちゃうし。でも、あの2人は別れられないのに。馬鹿よね。」 「ふーん。そうなんだ。」 「あんなにお互いを必要としてるのに、もっと自覚して欲しいわ。」 「凛の眼治るかな?」 「治るわよ。原因は、蓮の不在だもの。自分で追い出して、ストレスで全盲って笑えないわよ。もう。」 「もう、30年超えたか。早いなぁ。」 「熟年夫婦もいいとこだよ。」 「華もいて、子宝にも恵まれて、贅沢な時間だったな。」 「お互い、酒でしでかしてるからね。」 「そうだな。酒は家呑みだけにしよう。」 「だね。特に1人で出掛けたら。」 「もう、ディウォーカーに戻っていいんじゃない?」 「ん、そうだね。」 スゥーと、輝くように本来の姿に戻った。 いや、戻ったんじゃなく、更に美貌が極まった。 「・・・言葉に出来ないな。やばいよ。」 「ヤバイの意味わかんないよ。」 クスクス、作り笑いじゃなく自然の笑顔。 通りすがりの男共が振り返る。 (こりゃ、本意気で一人歩き無理なんじゃない?) 「蓮?どうしたの?」 手を伸ばして、俺を探す。 「あぁ、ごめん。ちょっとね。」 「もう少し、回復したらさ。また、沖縄行きたくない?」 「ん?いいね。最後に行ったあんな豪華なホテルじゃ無くてもいいから。のんびりしたいかなぁ。まぁ、今までものんびりしてたけど。」 「2人っきりで、行こう。華も天馬もお留守番。」 「それ、ちょっと可哀想。」 クスクス笑う凛は美しい。 神によって作られた俺。 凛という美しいパートナーを与えられた幸せを今まで軽視してた。 30年。もう30年超えたのに学ばない俺。 そんな俺をまた受け入れてくれた。 「ありがとう、凛。」 「ん?何?」 「いつも、帰ってくる場所作ってくれて待っててくれた。他の奴作らないで。俺みたいな、下衆野郎の為に。」 「しょうが無いよ。そのゲス野郎が居ないと俺、壊れちゃうもん。」 昼間で、人影もあったけど、凛を抱きしめた。 「次、なんかしでかしたら、凛、俺を殺して?」 「うん、蓮を殺して、俺も死ぬから。」 2人揃って男泣きしながら、夕陽が沈むまでたたずんた。

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