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第3話

事件は俺が中二の夏に起こった。 事件といっても俺の中だけの秘密の事件。 夏休みのある日、いつものように蒼が俺の部屋に遊びに来ていた。 一緒に夏休みの宿題を片付けたり漫画を読んだりしてゴロゴロしていたら、そのうち蒼が昼寝を始めた。それも今までだってよくあったことだ。 俺もすぐ隣で寝そべりながら雑誌を見ていて、ふと横にある蒼の寝顔を見たのだ。 まさに天使の寝顔。瞼を閉じているから睫毛の長さが目立ち、ピンク色の唇が少し開いているのがかわいい、ほっぺがマシュマロみたいで美味しそうと思った瞬間、下腹にムクリという感触を覚えた。 え?え!? 俺はパニクった。なんで? もう一度蒼の顔を見たら、そのピンクの唇を舐めたいと思ってしまった。そしてズクン。 そのとき、蒼が楽しい夢でも見ているのか、うふんと吐息をもらし、そのぷっくりつやつやした唇をもにょもにょと動かした。 ううー、食べたい。そう思ったらもう駄目だった。見る間にあそこがギンギンになり、俺は慌ててトイレに駆け込んだ。 すっきりして部屋に戻った俺は、先程の事態を分析した。 今まで女の子のことを可愛いなと思ったことは何度かある。もちろん蒼も可愛いが、今までそれは違う意味だと思っていた。 ぐるぐる考えて出した結論は『蒼が天使すぎるから仕方がない』 蒼は存在そのものが理屈を越える天使なのだ。ただの中2男子の俺にあらがう術があるわけない。 やがて目を覚ました蒼が、俺の顔を見てえへへ、寝ちゃったと笑った。 ふわふわの茶色い髪が寝癖ではねてても、ほっぺに畳の跡がついていても、やっぱりその顔はキラキラと光をまとった天使そのものだった。 その日から俺の心の中では蒼は「天使のあおたん」になった。 そう思うことで自分を正常に保っていられるような気がしたのだ。 そして、それからずっと俺は「天使のあおたん」にメロメロだった。 あおたんが「龍ちゃんはカッコいい」と言ってくれるから勉強もスポーツもめちゃくちゃ頑張った。 そのおかげで最初は合格圏外だったトップクラスの進学校に翠と共に入ることができた。 中3の途中で翠はうちの道場をやめた。 やめる前、本人は随分と悩んでいた。 その日も稽古の後、いつものように三人で俺の部屋でくつろいでいた。 「なんでそんなに悩む?好きなら続ければいいじゃないか。受験だって翠は余裕だろ?」 「そうなんだけど・・・」 珍しく翠にしては歯切れが悪い。この時は翠の中の女ごころに気づいてやれなかった。 「まあ、翠はすでに自分の身を守れるくらいには強くなってるからな。他にやりたいことがあればそっちでもお前ならきっと活躍できると思う」 「そうだよね。姉ちゃん、バドも県大会で準優勝したもんね」 と蒼が言う。俺たちの中学には空手部が無かったから、翠はバドミントン部に、蒼は体操部に入っていた。 「ねえ龍ちゃん、私が道場やめてもここに遊びに来ていいかなあ」 「当たり前だろ」 「へへ、龍ちゃん、ありがと」 「翠は親父や兄貴、先輩達にずいぶん買われてたんだ、道場に顔出せばいつでも歓迎されるさ」 そう言うと、翠は少し頬を赤らめてはにかむように笑った。へえ、翠もこんな女の子っぽい顔すんだなとそのときはぼんやり思っただけだった。

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