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第23話

体育祭も終わり、俺たち3年生は受験の色が濃くなった。 もうすぐ部活も引退だし、予備校に通う時間も増える。 そんなことを話しながら翠と学校から駅に向かって歩いていた。 「そうそう、とうとう獅央(シオウ)が結婚するんだ」 急に翠の動きがピタリと止まった。 どうした?と思って横を見ると手で口元を抑えて震えている。と思ったら、両目から涙が溢れ出した。 もう、駅は目の前だがとても電車には乗せられない。 後ろからは続々と同じ高校のやつらが駅に向かってくるだろう。 俺は翠の手を引いて駅の反対側にある公園へ連れて行った。ここなら、高校のやつらは殆ど来ないはずだ。 大きな木の陰に連れて行くと、とうとう我慢できなくなったのか、翠が嗚咽を漏らし始めた。 「翠の好きなやつって獅央だったのか」 それで俺も今までの色々なことが合点がいった。 今年26になった兄の獅央は1年ぐらい前に学生時代からの彼女と婚約していた。小柄で大人しい可憐な感じの人だ。 翠が道場をやめたのは、痣だらけになるのが嫌だったからと以前に俺に告白していた。 子供のころは防具をつけていたが、中学生以上は防具なしのフルコンタクトだから、真剣にスパーリングをすると痣だらけになる。しかもあごは急所だから、相手は狙ってくる。 紫色の痣を作った顔を獅央に見られたくなかったのかもしれない。 髪をひっつめ、汗でドロドロになりながら大きな声を張り上げ、相手に拳をぶつけ蹴りをくわせる空手女子を俺はとてもいいと思うが、翠は獅央の前では婚約者のように可愛らしい女の子でいたかったのだろうか。 辞めてからも度々道場に遊びに来ていたのは、無理だとわかっていてもたまに獅央を見掛けられたら嬉しかったのだろう。 「話したら、龍ちゃんは優しいから板挟みになっちゃうと思って言えなかった。ごめんなさい」 泣きじゃくる翠が不憫で仕方なかった。 「いつから?」 「中学生の時からずっと。ずっと好きだったの」 「辛かったな」 たまに少し離れたところを駅から公園を通り抜ける人が歩いていく。 こんなに泣いてる姿を見られたくないだろう。 俺は翠の頭を自分の胸に抱え込んだ。 「ううー、龍ちゃーん」 好きなだけ泣かせてやろう。 そう思い、俺は幼馴染の頭を撫で続けた。

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