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第32話
夕飯を家族で食べていると、親父が叔父が困ったことになったと話し始めた。
親父の弟は東京で婿養子に入り、奥さんの実家の小さな印刷会社を手伝っている。
そのかたわらで夕方からは近くの区民会館で週に5日、空手を教えている。
ところが昨日、バイクで移動中に後ろから車に追突され、命に別状はないものの脚を骨折したらしいのだ。当分の間、道場での指導は厳しい様だ。
「短い間なら他の支部から応援を頼めるだろうが、2か月近く毎日となるとなあ」
親父は苦い顔をした。
「今、約100人の道場生を抱えているのだそうだがどうしたものか。手伝ってやりたいのは山々だが・・・」
八神道場の方には200人以上の道場生がいる。
親父は1日中クラスを持っているし、休日や夜からの指導を手伝っている兄貴たちも、獅央は昼間は会社員だし、虎牙は就職活動で動けない。
「夏休みの間、俺が手伝いに行くよ」
「何言ってるんだ。お前、受験生だろうが。この夏は天王山だろう」
親父やお袋がとんでもないという顔をする。
「勉強はどこででもできる。俺が通っている予備校は全国展開だから、夏期講習を東京の校舎で受けることが出来るかもしれない。一度聞いてみる。俺も指導員の資格持ってるし、一日中勉強だけより、少し体を動かした方が気分転換になるよ」
それに、ちょうど色々リセットしたいと思っていたしな。
結局、期末試験の最終日に、学校からそのまま東京行きの電車に乗った。
東京での生活はそこそこ快適だった。
叔父と叔母は大変感謝してくれ、勉強に専念できるように色々配慮をしてくれた。
朝から夕方まで予備校、夜9時までは道場、その後は勉強して寝る。
がらりと変わった環境と忙しさのお陰で余計なことを考えずに済んだ。
東京に来てすぐのころ、蒼からラインが届いた。
キレたことを謝っていたが、俺はすぐには返信できなかった。その躊躇が俺の未練を表しているようで自分が情けなかった。
なんとか、気にするなとだけ返した。
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