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第33話

叔父の道場は6時スタートなので、生徒に小さな子供はいない。中高生のクラスが1つあるがあとは大学生、社会人だ。つまり、皆俺よりも年上だ。   ギプスに松葉杖をついた叔父が、でかい俺を連れ、甥であること、夏休み期間中だけ手伝いに来た高校3年生であること、大会での成績などを紹介すると、皆一様に興味津々といった顔でこっちを見てくる。 そして俺が受験生で予備校を東京に移してまで手伝いに来たことを知ると、随分感心したり褒めてくれたりした。 師範役は最初から特に問題もなくこなせた。なにしろ、ガキの頃からずっと親父や兄貴がやっているのを見てきている。 道場生も若造だからと軽んじることなくちゃんと俺の話を聞いてくれてありがたかった。おまけに「先生を早く返して勉強させてやろう」と稽古の後の片づけをみんなして手伝ってくれるようになった。 「東京の人は冷たい」と勝手にイメージしていた俺はそれが間違いだったと知った。 そのことを叔父と叔母に話すと、叔父は笑って言った。 「東京と言ってもこの辺は下町の雰囲気が強いからな。だけど、俺もびっくりしてるんだ。兄貴のところみたいな、しっかりした道場を構えているところだと、師匠と師弟という関係が育って、兄弟子たちを見ているうちに自然とああいうことをするようになる。俺のところみたいな場所借りてカルチャースクールみたいな教室はなかなかそうはならないんだ。やっぱり龍晟の誠実な人柄が伝わっているんだと思うぞ」 「そうそう。昨日車で迎えに行った時も、生徒さんに『娘の彼氏に欲しいよ』なんて言われたわよ」 叔母も笑う。 いや、俺はまともな恋愛をしていい彼氏になれる自信は今、全くないんだよ。 体はでかいくせに中身は呆れるほど臆病なやつだったと最近気づいたばかりなんだから。 だが、遅ればせながらでも気づいてよかった。俺はこれからもっと視野を広げて、いろんな経験をして器に合った中身の男にならなくては。 夏休みが終わりに近づき、東京を去る日が来ると叔父叔母、小学生の従妹は勿論のこと、道場生の人たちも別れを惜しんでくれた。 俺が先生だったのに、皆さんには随分とかわいがってもらった。 大学生たちや若いサラリーマン達とは最後にメアドの交換までしたし、東京の大学に来ることになったらまたここで会おうとか、合格祝いをしようなどと自分の親ぐらいの年の人にも握手をされた。 東京の予備校でも友達ができたし、来る前に想像していた以上のものをここで得ることができたと思う。

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