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第34話
実家に戻ってから、俺は受験以外のことを頭の中から追い出し、ひたすら勉強した。
東京で大学生や社会人の話を聞くうちに、勉強をする意味を考えるようになっていた。
というより、今までが「蒼にカッコいいところを見せたい」と情けなくなるような幼く不純な動機でしか勉強をしてこなかったことに気づいたのだ。
重ねて、翠に将来の目標を定めたと聞かされたことも大きかった。
「私ね、ジャーナリストになりたいの。どういう方面の専門性をつけるかはこれからだけど、新聞学科がある大学に行きたいの」
と東京の大学名を挙げた。
翠の親父さんはノンフィクションライターだ。今は日本の出版社と契約しているが、それでも世界を飛び回っている。その血が流れているのか、父親の背中を見てきたのか。いずれにせよ、正義感の強い翠にはむいている気がする。
俺はおおむね興味のある方向性は決まってきたが、まだそこで留まっている。
しかし、東京で知り合った人たちに
「世の中にはまだまだ君の知らないような仕事もたくさんあるんだ。ピンポイントに絞るのはもう少しでも先でも構わないと思う。ただそのとき対応できるように幅広い力をつけておくことをお勧めするね」
と言われたので、焦る必要はないと思っている。
両親も兄貴たちも「お前の好きなようにしたらいい」と言ってくれた。
八神道場は、次男の虎牙がゆくゆくは俺が継ぎたいと言い、家族全員それで納得した。
俺はとりあえず学部は理工を選び、難関校を目指して頑張ることにした。
*****
結局、俺も翠もそれぞれ第一志望の東京の大学に合格した。
俺は大学と叔父の家の中間あたりにアパートを借りることになった。
俺の大学と翠の大学は隣の区だし、広い東京の中でも近い方だ。翠は女子学生専用のワンルームマンションを借りたと言っていた。それでも、翠の両親は「龍晟が近くにいてくれて私たち、安心だわ。これからもよろしくね」と何度も言った。
蒼とは卒業式の後に話した。
「龍ちゃん、卒業おめでとう。それと大学合格も。やっぱり龍ちゃんはすごいな」
久しぶりに蒼を間近で見た。
そこに立っていたのは、もうかわいらしい少年ではなく、春の柔らかい日差しを受けて淡く光っているように見える美しい青年だった。
半年前に俺の中のあおたんとさよならしてから、蒼を見掛けるたび自分の愚かさを思い出し心の中に暗い影のようなものが出来ていたが、今日はことさら感傷的な気分になる。
東京の大学に入り、東京で就職したら、もう蒼と会うことは殆どなくなるだろう。
今度は本当のさよならだ。
「龍ちゃん、俺・・・・・」
蒼は言葉をとぎらせ、うつむいてしまった。
「ん?」
「ううん。なんでもない。東京行っても頑張ってね。龍ちゃんのことだから勿論そうすると思うけど」
寂し気に笑う蒼の顔が印象的だった。
「蒼も、頑張れよ」
幼馴染で、初恋の相手で、ずっと片思いしていた蒼に、何か言うべき言葉が他にあるような気がしたが、まったくありきたりな事しか言えなかった。
勿論、茶色いウェーブ掛かった頭の上に手を乗せることなんて出来なかった。
そしてその時の俺は、数か月後に本当に蒼がいなくなってしまうなんて、まったく予想だにしていなかった。
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