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第41話
その夜は、付き合い始めての2か月の男と、仕事の後バーで待ち合わせをしていた。
どうやら俺の方が先に着いたらしいので、一人でカウンターに座り飲み始める。
するとすぐに「隣いいかな」と声が掛かった。
この店は専門ではないがゲイの客も多い。「人と待ち合わせている」と断りの言葉を掛けようと相手を見上げて、違和感を感じた。
黒い髪、黒い目。でもアジア系ではなくヒスパニック系。小柄で、多分俺と同じ側。
違和感を感じたのは外見ではなく、俺を射るように見るその目だ。
「君、アオだよね?」
ああやっぱり。何か俺に文句を言いたいようだ。
面倒なことにならなければいいがと思いながら、ジャンキーでもなさそうだしヤバそうな雰囲気もないので、隣の席を勧める。
「俺はミゲル。単刀直入に言わせてもらう。ライアンを返してほしい」
言葉通りの直球に、ちょっと感心してしまった。
でも、俺は彼の声が少し震えているのに気が付いていた。
ライアンとは今俺が付き合っている男の事だ。仕事関係で知り合って向こうから熱心に口説かれ付き合い始めた。
「君がライアンを誘惑したわけでも、俺から無理やり奪ったわけでもないのはわかっているんだ。ライアンが君に一目惚れしちゃって夢中になっちゃったってことも」
最初の睨みつける様なまなざしはもうない。
「一度は心変わりも仕方がない、ライアンが幸せになるならって諦めたんだ。でも、やっぱり苦しくて堪らない。生きている意味さえ分からなくなってくる。他の誰かを求めてみてもやっぱり駄目なんだ。俺にはライアンでないと」
ミゲルの苦悩の表情に、俺は嫌悪どころか共感を抱いた。
「わかるよ」
俺の言葉にミゲルはばっと顔をあげた。
「君も、もうライアンを愛してしまった?」
と、泣きそうな顔をする。
ミゲルはライアンのことを別れた後もずっと好きでたまらないのだ。きっと、相手の気持ちを想って身をひいたのだろう。しかし、辛さに耐えきれず勇気を振り絞って俺に会いに来た、そんなところか。
俺のところに来たのは、、しつこく追いかけて嫌われるのが怖かったのか、ライアンに復縁を迫って断られたか。勇気を振り絞って乗り込んできたくせに、俺がライアンをもう愛し始めているのかもしれないと思ったら、もうどうしていいのか分からなくなっているのだ。
嫌いじゃない。会ったばかりなのに、なぜかそう感じた。
その時、俺のスマートフォンにライアンからのメッセージが入った。仕事の予定が遅れてあと1時間はかかりそうだという内容だった。
俺はわざとミゲルにも見えるような角度でライアンへのメッセージを打つ。
『じゃあ、今日はキャンセルにしよう』
そして、ミゲルに声を掛けた。
「今日は君と飲もう」
その夜をきっかけに俺とミゲルは友達になった。
結局、ミゲルとライアンはよりを戻した。
ミゲルのライアンを想う気持ちは本物だったから、俺はもう一度ライアンにアタックしろと言った。ただ、俺に会いに来たことはわざわざ言う必要はない、たまたまバーで知り合ったことにしようと提案した。
俺もミゲルに同情してライアンと別れたわけではなく、「もう会うことも出来ない人だけどずっと何年も忘れられない人がいる」と本当のことをライアンに話しただけだ。
聞けば二人の仲はもう3年も続いていて、多分ライアンはちょっとした倦怠期に陥って、たまたま気持ちが浮ついたのだろう。
俺は二人が元のさやにおさまったのを見て責める気などまったくおこらず、むしろ本心からよかったと思えた。
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