「えっ！？・・・ごめん。翠が随分前に婚約したって言ってたから、てっきり結婚したのかと思ってた」 「ああ、そんなこともあったな。蒼は？もう結婚したか？」 「いや、俺も独身。・・・今のところ予定も無い」 「そうか。そもそもいつから日本にいたんだ？」 蒼はアメリカの大学を卒業後、今働いている日本の広告代理店の米現地法人に入社し、2年前から日本で働いていると言った。 俺は以前は山の中の研究所勤めだったとはいえ、今はお互いの職場も山手線で言えば二駅程度と近く、住んでいるマンションまでどちらも江東区内で、こんなに近くに蒼がいたとは驚きだった。 「日本に来るとき、翠には龍ちゃんに伝えといてって頼んだんだけどな」 「ああ、それは何か手違いがあったようだな。こっちで蒼に会って驚いたとメールをした時に聞いたが」 翠は卒業後、日本の新聞社に入った。元々多忙な上に、社内はまだまだ男社会らしく、見た目やお飾りで入ったと思われたくないと翠は懸命に働いていた。 そのかいあってか、語学が堪能だったおかげか、カナダ支局、いったん帰国した後、今はタイ支局に駐在している。そんなわけで、俺ももうここ何年もメールでのやり取りだけになっている。移動のドタバタに、送ったはずのメールが届かなかったようだ。 「また担当者がダウンして今度は営業からホープを連れてきますから安心してくださいって言われてたから、龍ちゃんが登場した時にはびっくりしたよ」 「口下手で強面の大男が来たからか？」 「ち、違うよ、龍ちゃんは研究職だって聞いてたから。確かに化学系って聞いてたけど会社だって知らなかったし。え、何笑ってんだよ」 「はは。いや、蒼の話し方が仕事の時と違って、小さい頃みたいな口ぶりになってるから。 そういやお前、子供のころほんとに天使のようにかわいかったよな」 自分でもすらっとそんな風に口に出せることに驚いた。 ああ、もう俺は大丈夫なんだ。 「俺も一流広告代理店の担当者が蒼だったなんて、お前も大人になったんだなって感慨深かったよ」 蒼の視線がわずかに揺らいだのを俺は見逃さなかった。 しかしそれはほんの一瞬で嫌味なくらいの王子スマイルに戻り、お互いの近況報告へ話題は戻っていった。