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第50話
結局、俺は何も話せないまま二人で店を出た。同じ江東区民と言っても地下鉄の路線が違う。俺は龍ちゃんに合わせ東西線に乗り、途中で乗り換えることにした。
スタートが遅かったせいか、地下鉄は思いのほかすいている。
吊革につかまり横に並んで立った龍ちゃんが、前を向いたまま言った。
「まだ、空手続けてるんだな」
はっとして自分の拳に目をやる。
「蒼、お前、明日の土曜は仕事か?」
「やることはあるけど、クライアントとアポはない。家でもできるし」
「じゃあ、この後うちでもう少し飲まないか?」
え?俺は龍ちゃんの横顔を見た。
「まだもう少しお前と話したい。それに・・・羽がな」
「ハネ?え?」
「いや、なんでもない。どうだ?こないか?」
そうだ。もうウジウジしていてはダメだ。覚悟を決めよう。
「お邪魔します」
かしこまって言うと、龍ちゃんは目尻を下げた。
龍ちゃんのマンションは地下鉄の駅からすぐ近くの新しい建物だった。
エントランスで郵便ボックスを開けた龍ちゃんがDMなどの間からピンク色のメモを取り出し、目を細める。
「ちょっと待っててくれ。荷物が届いているみたいだから」
そういうと宅配ボックスを開け何かを取り出している。
それは明らかに宅配便などで届いたものではなく、紙の手提げ袋で誰かがここまで持ってきたものだ。
ピンクのメモといい、間違いなく女性だ。独身でも彼女はいるということか。
案内された部屋は15階の3LDKのファミリータイプ。やはり一度は結婚していたのだろうか。
龍ちゃんは俺をソファーに座らせ、手際よく缶ビールやロックアイス、ウイスキーやジンのボトルを並べ、ナッツとチーズを皿に盛った。
まずはビールで乾杯したところで、
「しまった。1本電話をしていいか?」
といって、スマホを片手にキッチンに移動する。
さっきの荷物の女かな?
そこじゃ俺にも聞こえちゃうんだけど、と思ったが聞こえた方がいいことに気づく。
「おう、かなえ?荷物受け取ったぞ。いつも悪いな。ああ、わかってる。ちゃんと食べるから。うーん、明日はちょっとな。来週なら。ああ・・・ああ。じゃあ親父さんとお袋さんによろしくな。また顔を出しますって言っといて」
電話をしている龍ちゃんの顔が優しい。相手の両親とも良好な様子だ。
もしかすると、この人と改めて結婚するのかな。それとも単に婚約者との結婚の時期が伸びただけなのだろうか?
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