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第56話 俺のサムライ 5(絶対に欲しいもの)

龍ちゃんがバイだと知ったときは望みがあると思って叫びそうになったが、そもそも結婚して家庭を持ちたがっていたのだと思い出し、現実に引き戻された。 そして、ミゲルから聞かされた話を思い出した。 ミゲルが高校生の頃に初めて付き合った男はイケメンなバイだったらしい。 それがとんでもなくプレイボーイで来るもの拒まずという男だったために、ミゲルは振り回されっぱなしで片時も心休まらず、3か月を待たずに破局したそうだ。 「実際のところ、彼にしてみれば僕はただのオモチャで、遊ばれただけかも知れないけどね。別にバイの人がみんなそうだとは思ってないけど、ストレートなら女が、ゲイなら男がライバルになると思っていたのに、どちらも、つまり全人類がライバルになる可能性があるんだと思ったら、ぞっとした記憶があるよ」 しかし、その話を思い出しても、引くことは出来なかった。 俺はどうしても龍ちゃんが欲しい。 龍ちゃんも、真面目に考えると言ってくれた。 その後、仕事が忙しくなりすぎてとても恋愛に時間を割いていられない龍ちゃんを、傍でずっと見ていた。 社会人になっても龍ちゃんは昔の龍ちゃんのままで、強く賢く優しい。 頓挫しかけていた事業を周りを引っ張って推し進めていく。 チームのみんなが龍ちゃんを頼りにしているのがわかる。10歳近く上の課長まで表向きは顔を立てられながら、龍ちゃんの指示で動いている。 課長がチームメンバーの前で言った。 「もう、八神君ったら部長に真正面から喧嘩売っちゃうからヒヤヒヤしたよー」 「ははは、大丈夫ですよ。この事業がつぶれたら部長だってタダではいられないんだから、動いてくれると踏んでたんです。ただ、もう俺は出世はできないかもしれませんねー。いい結果が出なければ全部かぶらされるでしょうし。そのときは課長、骨を拾ってやってください」 笑う龍ちゃんに、若手が言う。 「絶対に結果を出して、部長をギャフンと言わせましょう!」 「そうですよ、私、八神さんについて行きます!」 「俺もついて行くよ!」 と課長までが言い、皆が爆笑する。 龍ちゃんは昔からこうだ。 ぶっきらぼうにも聞こえる上に口数も少なく決して目立ちたがり屋ではないのに、いつの間にか周りには人が集まっていて、周りに推されて委員長やら部長やらをやっている。 しかし全くそれを鼻にかけたりしない。 高校体育祭の応援団長に決まった時も、「参ったなあ」と頭を掻いていたが、堂々たる雄姿に女子だけでなく男子からも拍手喝さいだった。 面の皮一枚の出来で女子からちやほやされてる俺とは全然違う。 俺は昔からずっとそんな龍ちゃんに惚れっぱなしだ。 これはチームの若手男性社員の山崎君から聞いたのだが、龍ちゃんは現在、社内の独身女性の間で結婚したい男ナンバーワンなのだそうだ。また、年配の社員からは自分の娘と見合いをさせたいナンバーワンでもあるらしい。 「まあ、一流大学出のエリートであの見た目でしょ。おまけに三男坊らしいじゃないですか。そりゃあ、よく知らない人でも結婚したい、させたいって思いますよ。だけど、八神さんの魅力はそんなことじゃないですよ。幼馴染の花村さんなら俺の言いたいこと、わかってくれるでしょ?」 彼はすっかり龍ちゃんに心酔している。 「もちろん、よくわかるよ」 俺は大きく頷く。 本当なら龍ちゃんがどんなにいい男か二人で盛り上がりたいぐらいだし、秘蔵の応援団長の動画も見せてやりたいところだが、万が一にも彼が龍ちゃんを恋愛的な意味で好きになったりしたら困るので、我慢だ。

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