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第59話
ある日の打ち合わせの後、龍ちゃんがビルの玄関まで菊川さんと俺を見送りに出てくれた。別件に向かう菊川さんはビル前からタクシーに乗った。
「こら、そんな目で見るな」
と言われてはっとした。二人きりになったので、ついラブラブビーム全開で見つめてしまっていたようだ。
龍ちゃんはなんだかちょっと照れくさそうな困ったような表情を一瞬のぞかせた。
「ご、ごめん」
慌てて龍ちゃんの顔から眼をそらした俺に、誰かの視線がぶつかった。
ん?
その視線はガラス張りのエントランスの向こう、つまりビルの内側から向けられていた。
それは、エントランスホールにある受付に座っている女性のものだった。
あの人は絶対に龍ちゃんのことを狙っていると前から感じていた。龍ちゃんが通るたびに話しかけ、それがままならないときは特別な笑顔を向けるのだ。
受付嬢らしく、美しく華やかで爪の先まで磨き上げている。菊川さんのアシスタント君は受付を通り過ぎるたび、「あの人、マジで綺麗ですよねー」とのぼせて、毎度菊川さんに「君はほんとに面食いね」と突っ込まれている。
俺はミゲルの「全人類がライバル」という言葉を思い出した。
目の前で、またあの受付嬢が龍ちゃんに話しかけている。
今日はカウンターから出てきて、同期会がどうのと言っている。そう言えばこの二人、同期だと言っていたな。彼女の方は短大卒で2つ年下なんだっけ?
龍ちゃんの腕に手を何度も掛けたりして、今日はずいぶん積極的だな。
だが絵になる美男美女で、ちょっとムカつく。
龍ちゃんがそっと彼女の手を押しやり、俺の方を向いた。
「さあ、蒼、行こう」
そう言って俺の肩を抱いて歩き始める。
え?え?彼女はいいの?俺を選んでくれたの?
龍ちゃんを見上げると、そうだよというように微笑んでくれた。
本当に!?俺の願いは叶ったの?
その時、「やあ、アオ、久しぶり」という声が聞こえた。
振り向くとエリックが立っていた。なぜ日本にいるのだろう?
「やあ、君が例の日本人か。俺はエリック。アオの初めての男だよ」
龍ちゃんの顔が険しくなる。
「もっとも俺が相手をしたのは一度こっきりで、それで目覚めちゃったアオはゲイ・ストリートで男を漁るようになったみたいだけど」
龍ちゃんの視線がゆっくりとこちらに向いた。
「蒼、そうなのか?」
違う、そうじゃない。俺は別に男漁りをしていたんじゃない。いや・・・違わないのか・・。でも、あれは・・・。
俺の肩を抱いていた手が外された。はっとして龍ちゃんを見上げたが、俺を見下ろす目はひどく冷めていた。
龍ちゃんがくるりと踵を返す。こちらに向けられた大きな背中。
ズシンと胸に衝撃を受ける。
龍ちゃん、待って!
叫ぼうと息を吸うヒュッという音で目が覚めた。
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