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第70話
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「あら?八神さん?」
成田空港でリムジンバスの時刻を確認していると、声を掛けられ振り返った。
そこには菊川さんが立っていた。
「ご無沙汰してます。菊川さんも出張の帰りですか?」
「ええ、台北からの帰りなの。八神さんは?」
「シンガポールとマレーシアへ行ってました」
「あれ!八神さん?お久しぶりです!」
どうやらアシスタント君はコーヒーを買いに行かされていたようで、両手にコーヒーショップのカップを持って帰ってきた。
同じ路線のリムジンに乗るらしく、列に並んだ俺と菊川さんに荷物を預けて、アシスタント君はまたコーヒーショップにとってかえす。遠慮したのに俺の分を買いに行ってくれたのだ。
菊川さんは元々蒼の働いている広告代理店の社員だったが、いくつかのヒット商品を手掛けたあとデザイン会社を円満独立させ、仕事の半分は元の会社と組んでやっている世渡りの上手い人だ。
おしゃべり好きな菊川さんは次から次へと話題を変え、こちらは聞き役に回ればいいので相手が楽だ。
「そうそう、八神さんの幼馴染の花村君、最近会った?」
「ええ、まあ」
「最近、花村君なんか波に乗ってるっていうか、ものすごく調子がよさそうよ。元々向こうのドライなビジネス手法と、日本人的な心の機微の理解を兼ね備えてて、うまくやってたけどね。自信がついたのかしらね?」
「そうなんですか」
「意外と彼女が出来た、とか婚約したとか単純な事かもしれませんよぉ?」
戻ってきたアシスタント君がコーヒーを俺に渡しながら横から口を挟む。
「花村さん、男女ともにすごく人気あるじゃないですか。今までいろんな人に迫られてましたけど、いっつも最後は『俺、恋愛下手で彼氏に向いてない。今まで上手くいったことない』って逃げてたんですって。そんなこといったら、逆に『私が教えてあげる』ってお姉様やお兄様が盛り上がっちゃうのに」
へえ、そんな風に言ってたのか。だがお姉様はともかくお兄様はなんだ。まあ、クリエーターや芸能関係者ってゲイが多いって蒼も言ってたっけな。
「でもね、少し前に代理店さんの飲み会にたまたまその場にいた俺も連れてってもらったんですよ。で、定番の花村さんいじりが始まって、お姉様が『ねえ蒼君、彼女いないなら私と結婚してよー』って迫ったら、上司の人が『おいおい、彼女いないって決めつけるなよ、なあ花村?』って言ったんです」
そこでアシスタント君は、一旦言葉を切り、俺と菊川さんの顔を見てタメを作る。
「その言葉を聞いた途端、花村さんの顔がね、ばって真っ赤になって目が泳いじゃって。もうその場は『我が社の”弟”が~!』っていう悲鳴で騒然となっちゃって。お店の人に叱られる始末ですよ」
「あはは、『我が社の弟』ねえ。へええー。でも花村君ならうまく誤魔化しそうなのにね。とうとう王子も姫をゲットしましたか」
「どんな人なんでしょうね?今度会ったら、聞いてみよ!」
「私、あの子はずっと年上の相手の方が合うんじゃないかと思うんだけど・・・」
「なにしろ、『我が社の弟』ですからね。おれより二つも年上なのになー」
二人が蒼の事で盛り上がり始めた横で、俺は10日ぶりに会う蒼の顔を思い浮かべて、一人心の中でニヤついた。
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