72 / 86

第72話

「いやー、驚いたな。まさか蒼がここに住んでるとは」 「ちょっと前に日本に戻ってきてたんだけどね。去年、偶然仕事で龍ちゃんと再会して。俺もここから少し離れたマンションで一人暮らししてたんだけど、二人とも超忙しくってさ。龍ちゃんが部屋も余ってるし、越してこないかって言ってくれて、今は家事とか助け合って生活してる」 嘘は言ってないよな?全部事実だよな? 龍ちゃんがどこまで家族に話しているか分からないし、ましてや従妹もいるからまずいことは言えない。 「で、お二人はどうしたの?龍ちゃん、今いないんだけど・・・。」 コーヒーを出しながら聞いた。 「ああ、親父が急にぎっくり腰になったんで、こっちの支部長会議に俺が代理で来たんだ。親父は元々ついでに龍晟と酒を飲むつもりで何度か連絡入れたけど繋がらんって騒ぐもんだから、俺も携帯に連絡してみたけど繋がらなかったんでな。かなえがここまで案内してくれるっていうから、来てみたわけだ。」 「龍ちゃんは、先週からシンガポールに出張だったから移動中か何かだったんじゃない? あ、今日帰って来るよ?えーっと遅れてなければ、もう空港に着くころじゃないかな?」 充電器の上のスマホを確認する。 「あ、ちょうどさっきメッセージくれてたみたい。先程、成田到着。会社に寄って帰る。ってさ。二人は時間大丈夫?」 二人は頷く。 「じゃあ、ゆっくりしていって。俺、さっき届いた資料を確認したらこれからクライアントのところに行かなきゃならないんだ。お構いも出来ず申し訳ないんだけど」 気にしなくていいという二人をリビングに残し、ベッドルームに滑り込む。 ここは龍ちゃんの部屋だが、いつも二人でダブルベッドで寝ているから、あからさまな痕跡を消さなければ。早速二つ並んでいる枕の一つをクローゼットに隠す。 龍ちゃんの部屋の点検を終えたら、今度は俺の部屋のチェックだ。 普段仕事するときにデスクを使うくらいだから問題ないはずだけど、とドアを開けて改めて見ると、おーっと! 俺の部屋にも一応ベッドがある。ここに越してくる前に使っていたものを、どちらかが病気になった時に必要になるかもしれないと持ってきたのだ。 しかし、一度も出番のなかったそれはかろうじてマットレスにボックスシーツは掛かっているものの、掛け布団も枕も無く、使用してません感たっぷりだ。 この季節に布団なしは違和感ありすぎだろう。俺は慌ててクローゼット上の収納から毛布を見つけ出し、ベッドに乗せる。 枕は・・・さっき龍ちゃんの部屋のクローゼットの奥に隠してきたから・・・枕をもってこそこそ廊下を移動しているところを見られたら、それこそ漫画のような展開だからリスクを冒すのはよそう。よし、俺は健康のため枕を使わない派の人なんですよーってことで。

ともだちにシェアしよう!