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第73話

こうしている間にも刻々と出かけなければいけない時間が迫って来る。 元々余裕はなかったのに急な来客で時間を取られてしまった。 だが、ここでミスを犯してやっと手に入れたものを失う羽目になったりするのはごめんだ。 他人の家ならいざしらず、弟の家なら留守番中に暇を持て余してどんな部屋があるか覗いてみたって不思議じゃない。 最大限の集中力で印刷所からバイク便で届いた下刷りと原稿のチェックをして、超高速で着替えて部屋を飛び出した。 「虎牙君、じゃあ俺仕事に行ってくる。龍ちゃんはあと2時間もしないで帰ってくるんじゃないかな。あー、お昼はこのマンションの1階に入ってるイタリアンが割と安くてうまいよ。その斜め前にある中華もまあまあかな。あ、出るなら鍵がいるね」 自分のキーケースからマンションのカギを外して虎牙君に渡す。 虎牙君は目を細め、俺の背中をバンバン叩きながら言った。 「お前、大人になったなあ。スーツ着るとさらにイケメン度アップだ。モデルみたいだぞ。なあ、かなえ?」 従妹は頬を赤らめ、こくこくと頷く。 何かあった時のために虎牙君と電話番号を交換し、俺は地下鉄の駅までダッシュした。 飛び乗った地下鉄の中で、これまた超高速でいきさつを書いたメッセージを龍ちゃん宛てに送信する。最後に『俺の枕と俺たちの関係はクローゼットの中に隠しておいた』と添えた。これでわかってくれるだろう。 ほっと一息ついて、ふと考えた。 虎牙君は今日泊まっていくのかな?今日は土曜日だし、虎牙君がまだ会社員でも明日はきっと休みだもんな。客用の布団は一応あるのでいいのだが、今日の夜はお預けだな・・・。 明日は久し振りの二人そろっての休みだったから、ちょっと期待しちゃってたんだよなぁ。『やーだ、俺ったらこんなエッチな子になっちゃって』と一人で心の中で突っ込んだ。 虎牙君と会うのは久し振りなので、色々話せるのは楽しみだけど、へんなボロを出さないように気をつけなくちゃ。あんまりお酒を飲みすぎないようにしよう。 目的の駅が近づいてきた。 さあ、ちゃっちゃと仕事片付けてきますか!俺は気合を入れ、ネクタイの結び目をきゅっとしめなおした。

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