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第4話

桜が散り、木には葉緑が目立つようになった。 空の青が濃くなったような気がする。 日差しは日に日に刺々しくなっていく。少し歩いただけで額に汗がにじむ。 今日は週の真ん中、そして蒸し暑い。そんな日は涼しい木陰で昼寝をするのが一番だが、そうはいかない。俺みたいなただの高校生は大人しく授業をうけるのだ。 午後2時。太陽が最も高い位置にある時間帯に、俺たちはグラウンドで走っていた。 よりにもよって今日の体育は長距離走。呑気な顔してつっ立っている教師が憎く感じる。 「あっつい……。春なんてもう終わったんじゃねえか?夏じゃん、この気温」 やっとの思いで走り終えた俺は、その場に座り込んだ。 その隣にドサリと馬瀬が倒れる。彼の胸が上下に動いていた。口を大きく開けて酸素を取り込もうと必死だ。 「ハァ…お前、飛ばし過ぎだ。追い付くのがやっとだったぞ。今日はタイム計ってないだろ」 「無理してついてくんなよ。俺はいつも通り走ったつもりだ」 「イヤミっぽいな」 馬瀬は顔をしかめるようにして笑った。そして体操服をバタバタと波打たせ、汗を乾かそうとしている。 「……あそこで走ってるの、牛尾じゃねえか?あいつ顔真っ赤じゃん。大丈夫かよ」 馬瀬が指差した先に、走っている牛尾がいた。遠目からでも分かるくらい、苦しそうな顔をしていた。今にも倒れそうなほどフラフラと走っている。 そして俯くような体勢でゴールラインを踏んだ。彼の後ろにはもう誰も走っていなかった。 俺と馬瀬は駆け寄りながら声をかけた。 「牛尾、大丈夫か?」 「……」 俺の言葉に、牛尾は無言で首を横に振った。 声を出す余裕もないようだ。かなりヤバいらしい。 「俺、牛尾を保健室に連れて行くわ。先生に説明しといてくれ。一旦抜ける」 「りょーかい。頑張れよ、保健委員」 ♢♢♢ 牛尾が水を飲みたいと言ったので、校舎脇にある水飲み場に寄った。 「あー…、生き返った。連れて来てくれてありがとう。1人じゃ無理だった。多分もう平気だよ」 水分を補給したことによって、少しは体調がマシになったようだ。まだ顔色は悪いが、会話は出来るようになった。 「おー気にすんなよ。念のために保健室行こうぜ。さっき死にそうな顔してた奴がすぐに回復しないだろ」 「それもそうか。一応行っとこうかな」 保健室は玄関の真横にあるのであっという間に到着した。扉をノックしながら呼びかける。 「失礼します。先生いますか」 扉を引くと、鍵は閉まっていなかった。ドアを開けた瞬間、冷たい空気が俺たちをフワッと包む。蒸し暑い廊下とは大違いだな、と思いながら入室する。 「体育の授業中に体調を崩しました。少しだけ休んでもいいですか」 牛尾が恐る恐るといった様子で話しかけた。 先生はノートパソコンから目線を外し、俺たちを見た。背後の窓のせいで逆光になっており、表情はよく分からない。 「いいよ。サボりじゃなさそうだしね。…休む前にそこに名前とクラスを記入して」 「あっ、分かりました」 牛尾は机の上に置かれたプリントに名前を書き始めた。鉛筆と紙が擦れる音が聞こえる。 「大丈夫そうだな。じゃあ俺は戻るわ」 「うん。ありがとう」 今から戻っても、ロクに授業は受けられないだろう。きっと今頃、教師が締めの挨拶をしている頃だ。それを聞かなくてもいいように、俺はゆっくり帰るつもりだった。 扉に手をかけると、背後から声が聞こえた。 「じゃあ、また放課後に」 先生、俺の顔を覚えてくれていたんだ。 帰り道の廊下で授業中にもかかわらず、俺はつい口笛を吹きそうになった。

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