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第6話

活気溢れる教室の中心で、あほヅラ晒してボンヤリしてる俺に話しかける奴なんて限られている。牛尾か馬瀬だ。 「何か嫌なことあった?」 今回は牛尾。俺はあくびをしながら返事をした。 「別に。…俺、そんなにひどい顔してる?」 「割とね。眉間にシワが寄ってるよ」 牛尾が俺の眉間を指差しながら言う。 「寝不足だな。…少し寝るわ」 そう言って俺は机に突っ伏した。 結局、昨日は何ごとも無く当番の仕事を終えた。 俺は学校中の石鹸を交換しなくてはならなかったから、あまり先生と話す機会が無かったのだ。先生はいつも通り無愛想だった。仕事を終え、リュックを取るために保健室へ戻った俺を一瞥して「お疲れ様。ありがとう」と言っただけ。 牛尾の言う通り、今朝鏡に映った俺の顔は酷いものだった。こびり付いたような目元のクマと虚ろな表情。 当たり前だ。先生と牛尾がした会話が気になり過ぎて、一睡も出来なかったのだから。昔から俺は、気になることがあると眠れなくなる。 次の授業はよりにもよって保健体育。兎月先生がやって来る。 俺は先生の授業が面白いと思う。要点はまとまっているし、分かりやすい。たまに先生が話す小ネタもクスリと笑えるものが多い。しかしクラスメイトの大多数はそう思ってなさそうだ。 首が垂れている生徒が多いのだ。きっと、居眠りしやすいのだろう。 兎月先生はサボっている生徒を怒らないし、注意もしない。しかも低い声で淡々と話すものだから、ついウトウトしてしまう。まるで子守唄だ。 急に教室が騒がしくなった。机と椅子が床に擦れる音と、みんなの足音。先生が入室したのだ。 俺は重い頭を上げ、立ち上がった。少しフラついたが、級長の号令が終わったのですぐ座った。 (この眠気はダメなやつだ…) 教卓に立つ先生を見ながらそう思った。 少しでも気をぬくと目の焦点がズレるのか、視界がぼやける。涙が滲むほどの大あくびが止まらない。 このままでは眠ってしまう。自分の意思とは関係ない眠気に勝つ自信は無かった。 こんなことになるなら、前もってコーヒーを飲んでおくべきだった。キツめのミントタブレットを口に含むべきだった。 そんな後悔をしても今更遅い。少しでも眠気が減る方法を考えなくては。 ─そうだ。 閃いた俺は自分の頰を思い切りつねった。それも両手で両頬を。それだけじゃまだ眠かったので、指先に力を込め、引っ張った。爪を立てながらつねっているのでかなり痛い。目尻に涙が溜まる。 これは効くだろう、そう思いながら黒板の方を見た。眠気対策に気を取られていて、授業を全然聞いていなかったことに気付いたのだ。 先生が、こちらを見ていた。 俺と先生の視線が空中でぶつかり合った。 兎月先生の黒い瞳に、俺が映っているのが分かる。 俺は頬から手を離した。両頬の対照的な位置にピリついた痛みが残る。 一瞬の出来事だった。俺が確かめようともう一度先生を見つめたが、彼はもう既に教科書に視線を落としていた。 時間が止まったようだった。 あれは寝ぼけた俺が見た夢だったのか?そんな風に考えてしまうほど、数秒間がスローに感じられたのだ。 うるさく動く心臓と連動するように痛む頰を抑えた。もう眠気は失せていた。 俺は目を閉じてもう一度、あの瞬間を思い出していた。 ─先生、笑ってた? 先生のわずかに上がった口角を、もっとしっかり見ておけばよかったと後悔した。

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