「おはよ、何かいいことあった？」 「え、どうしてそう思ったんだ」 「顔に書いてあるよ」 すっかり回復した牛尾はいつも通りの様子で登校した。目の下のクマは薄くなり、顔色も良い。もう大丈夫そうだ。 それに比べて俺は寝不足で目を半分閉じかけている。そんな表情をした人間に「いいことあった？」と聞く牛尾は変だ。 「自分で言うのも何だけど…今の俺、ゾンビみたいだろ。眠いし。幸せオーラなんて出てないぞ」 「そんなことないよ？笑ってたし」 「笑ってた？俺が？」 「うん、思い切りね。にやけてた、って言った方が正しいかも。自覚無かったの？」 俺は黙って首を横に振った。無意識のうちに笑っていたことなんて、今までの人生で一度もない。 「何かに似てたな…犬飼の顔。上手く言えないけど……そうだな…あ、分かった」 視線を泳がせ、言葉を詰まらせながら話す牛尾の言葉を待った。 「あれだ、馬瀬の顔に似てた。…顔ってよりか、表情かな？惚気話してる時の馬瀬に」 「嘘だろ！？俺があんなに緩んだ顔を？」 目を細め、口角を上げ、うっとりとした顔をした馬瀬を思い浮かべた。"幸せ"を擬人化したような彼の様子を。 「あ、牛尾じゃん。もう体調いいのか？」 「噂をすれば…。もうすっかり良くなったよ」 HRの5分前だというのに、悠々と教室に到着した馬瀬は俺達に気付くと近寄ってきた。 「オレの話してたのか？…ま、いいや。それより聞いてくれよ」 「あー、分かったから落ち着いてくれ。俺はどこにも行かねえよ」 朝からお喋りな友人を宥めた。こうでもしないと、俺達が聞く体勢に入る前に話し始めてしまうのだ。 「…もういいか？話すぞ？ 実はさ、最近彼女と連絡取れてないんだよ。オレは考査週間が終わったからウキウキしてたのに、彼女は今日から考査週間なんだ。しばらく遊べないんだよ。…あぁ早く会いたい」 一気にまくし立てた馬瀬はフウ、と息を吐いた。 「電話すれば良いじゃん」 「牛尾、お前分かってないなあ。オレは直接会って話したいんだ…。恋しくてたまらない」 俺はああだこうだ言い合う二人の会話を聞き流していた。 ─早く会いたい。相手が恋しい。 馬瀬の口から飛び出たJPOPにありがちなワード。 その言葉を聞いた瞬間、ある人物が思い浮かんだ。 あそこに行きたい、そしてあの人と話していたいと望む自分がいる。 自分が今、こうしている間に彼は何をして、何を考えているのだろう。 俺も馬瀬に劣らず、ポエマーの素質があるのかもしれない。 俺にとって先生が、「気になる先生」の域を超えていたことにたった今気付いた。 ポケットに入れっぱなしにしていた飴を指先で触れる。なんだか舐めて溶かしてしまうのが勿体ないような気がした。