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第11話

「どうぞ。入っていいよ」 ドア越しのくぐもった声。 「失礼します。犬飼です」 痛めていない方の手で扉を開ける。視界が開けた瞬間、先生が見えた。彼はいつもの様に、パソコンに向かっている。 「あれ、まだ授業中だよ」 「怪我をしたんですよ。体育の授業中に」 俺がそう言った瞬間、先生は突然立ち上がった。そしてイスが大きな音を立てて倒れる。俺は思わず肩をビクッとすくめた。 しかし先生はイスを倒したことについて何も言わず、ただ黙って元の位置に戻した。 そんな様子を見て、何となくイスについての話題を避けなくてはいけないような気がした。 先生は出入り口の前で立ち尽くす俺を手招きしながら「それは大変だ。見せてよ」と言った。 俺は誘導されるように、薬品棚の前にある回転イスに座った。少しグラついた、不安定なイスだった。どこかが歪んだ後、そのままになっているようだ。 俺の目の前に先生が腰掛けた。 「手だっけ?血は出てない?」 「いや、多分捻ったんだと思います。動かすと痛い」 ズキズキと痛む手を先生の方へ差し出した。わずかに動かすだけでも刺すように痛む。息を吹きかけられただけでも悶絶してしまうかもしれない。 先生は俺の腕をじっと見た後、「少し触れてもいい?」と尋ねた。俺は迷わず首を縦に振った。 彼の指は、俺の腕に触れた。肘から手首の間を。時々指圧でもするかのように、親指に力を込める。その箇所だけ、熱をもったように暖かくなる。先生の体温が直に伝わる。 「筋を痛めた訳ではなさそうだね。…やっぱり関節かな。軽く触れるけど、痛かったらすぐに言ってね」 「はい」 俺は先生の細くて白い指を眺めながら返事をした。血色の良い、柔らかそうな爪が俺の腕の上で動く。 手首の痛みをすっかり忘れていたので、先生が触れた瞬間声を出してしまった。本当に触れただけだったのだが。 「っ……!」 「あ、ごめん…。やっぱり腫れているよ。熱を持ってる。動かせる?」 「一応…。痛いですけど。大丈夫です」 「そうか。取り敢えず、固定して冷やそう」 先生は立ち上がって薬品棚を眺めた。そして引き出しを開け、テーピングテープを取り出した。 さすが先生だ。あっという間に俺の手首はテープでしっかり固定された。シワもタルミも全く無い。そして手渡された氷嚢を患部に当てる。 「これでも良くならなかったら病院に行って」 「ありがとうございます。さっきより楽になりました」 俺がそう言うと、先生は口の端を少し上げた。 なぜか俺は「あ、笑ったんだな」とすぐに気付けた。難易度の高い間違い探しみたいなわずかな違いしかなかったのだが。 ♢♢♢ 保健室から教室に戻る途中、少し動かしにくくなった手首を眺めながら帰った。手を開いたり閉じたりを繰り返し、もう痛まないことに小さな感動を覚えた。 やっぱり先生は凄い。あっという間に怪我を治療出来るのだから。先生が治してくれたんたから、早く治さないとな。 …ん? ─ここを…俺の手を先生が触ったんだよな? それに気付いた瞬間、俺は患部から目を逸らした。急に見にくくなった。こんな気分、先生の顔をじっと見られない時となんだか似ている。 心臓の鼓動と連動するように手首が疼いた。

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