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第12話

尾津高校の最大の特徴といったら、学生寮だろう。 「オヅ高は憧れるけど、寮生活はチョット…」といった理由で受験を辞める中学生は多い。 俺は自分の選択が間違っているとは思わない。学生生活は楽しいし、人間関係にも恵まれている。しかし、時々後悔してしまう瞬間がある。 まさに、今がその時だった。 (早く一人になりたい) 俺は横目でルームメイトを盗み見た。 今年から同室になった一年生の猪野君を。 別に猪野君のことが嫌いなわけでも、鬱陶しいわけでもない。むしろ良好な関係を築いていると断言してもいい。ただ、今だけは一人になりたかった。 「先輩、やっぱりオレ留年するかもしれませんわ。マジやばい」 「今から準備すれば大丈夫だろ」 「してても不安なんすよ。オヅ高レベル高すぎ。無理無理」 猪野君は来月の定期試験について頭を悩ませていた。前回の結果がよっぽど悪かったのか、来年の進級について心配している。 「先輩は文武両道!って感じで羨ましいっすよ。どっちも得意でしょ。オレは勉強の方はてんでダメ。オレ含めた部活推薦組の奴らはヒィヒィ言ってますよ」 「分からねえ所を一つずつ潰していけばなんとかなるだろ。猪野君はいざって時はやれる奴なんだから自信持てよ」 「うわー先輩いいこと言いますね。なんか勇気出てきましたよ。…悩んでてもしゃーないっすね。風呂行くわ風呂」 猪野君は一人で納得して頷いたと思ったら、すぐに部屋から出て行ってしまった。 彼のメンタルの強さと、立ち直りの早さは目を見張るものがある。オレも見習わないとな。 …さて。 扉の鍵を閉めた。一人になれる時間は短く見積もって30分ほどしかない。長風呂で有名な猪野君が今日も上気せるほど入浴するとは限らないからだ。 俺はベッドに横になり、体を海老のように縮こめた。 そして目を閉じて─…手をズボンに入れた。 今日はもう、そのことについてしか考えられなかった。最近してなかったからだろうか。 特に何かを準備せずに始めるのは久しぶりだった。大抵スマートフォンを片手にするのだが。 俺たち尾津高の生徒はルームメイトが隣で寝ているので、バレないようにこっそりと、というわけにはいかない。 猪野君が風呂に入ってる間しか自室で一人なる時間がない。別にトイレでもしていいが、俺は体を縮こまらせないと気持ちよくなれないという弱点がある。 動悸が荒くなり、呼吸が微かに乱れる。思わず目を閉じる力を強めた。 体の感覚が一部に集まる。敏感になっていく。 間抜けな水音が静かな室内に響き始めた。 手の中にある自分のものに血が通い、熱く、硬くなっていくのが分かる。小刻みに動かすが、利き手を痛めているから、今日は思うようにいかない。 無だった。何かに興奮しているわけでも、想像しているわけでもないのに、止まらない。 ─俺は何で、今日したくなったんだろう? 自慰に動機や理由付けなど無いのは分かっているが、疑問が頭から離れなかった。 快感の波が激しく、絶え間なく続く。波と波の間隔が短くなる。思わず腰を丸めた。下腹部に力を込める。 息を荒げながら、目を少しだけ開けた。薄目でテープで固定された利き手を眺める。怪我のせいで反対側の手を使っているので、もどかしかった。 「早く治すためには安静にしないと」先生の言葉を思い出す。 先生が巻いたテーピングテープ。 先生が治してくれた手首。 先生の指が触れた場所。 先生が─… 「………。」 俺は黙ってティッシュケースを指先で引き寄せ、数枚引き抜いた。そして拭う。早く手を洗いたかった。 ズボンがずり下がった状態のまま、ベッドから降りた。窓を開けるために。 開け放した窓から風が吹き込む。火照った体に丁度良い冷たさだった。 あと5分もすれば猪野君は帰ってくるだろう。それまでに換気は完了しているはずだ。 俺は星一つない真っ暗な空を見上げた。 「マジかよ……」 ただ、そう呟くだけで精一杯だった。 きっと今晩は眠れないだろう。また同じことをグルグルと考えることに時間を費やすのだから。 果てる瞬間に彼の顔を思い浮かべてしまったことについて。 テーピングされた手を見た瞬間から快感が強くなったことについて。 俺はいつも分からないことがあったら眠れなかった。答えを手に入れるまで眠気が来なかった。 しかし、今回の"これ"は答えのない疑問では無かった。 確信だ。それもかなり強い。 俺は、先生を好きになったみたいだ。 これから、この分かりきった事実について考える日々が続きそうだ。 俺は毎晩、恋愛について考えることになるのだろう。 安眠できる日々が遠のくのを感じたが、今はどうでもよかった。 ただ利き手から目を逸らしたかった。

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