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裁判記録:僕は有罪(ギルティ)⑤
***
会社に着いてからは、いつも通りの日常に戻った。仕事上、笹木との接点が少ないし席が離れているお蔭で、束縛から一気に解放される現状に、微笑まずにはいられない。
「ミノミノ連呼は、マジでウザかった」
笹木の家でのやり取りや会社に着くまで、ずーっと話しかけられ、イヤだと言っているのにベタベタされて、正直しんどかったのである。
(アイツ……、年上の彼女にも、あんなふうにしてるんだろうか? もしかしてそれで可愛がられているから、僕にもやっていたりするのか?)
今まで付き合ったヤツに執着されたことがあっても、女のようにベタベタしてくるヤツなんて、ひとりもいなかった。ゆえに対処法が、さっぱり分からない。冷たくあしらうと余計に距離を縮めようとしてくるし、だからといって優しくなんてしたら図に乗って、もっとベタベタしてくるだろうな。
「あんな面倒なヤツだとは、思いもしなかった。楽しいオモチャになるハズだったのに」
今は頭痛の種って、僕の勘も随分と鈍ってしまったものだ。
あ~やだやだと思いながら仕事に勤しんでいたら、あっという間にお昼の時報が社内に響き渡る。その音を聞きながら席から立ち上がると、いつの間にか笹木が傍にやって来ていた。
「ゲッΣ(゚口゚;)//」
「一緒にお昼食べましょうよ、香坂先輩っ」
語尾にハートマークが付いていそうな声色で誘われたせいで、口元が一瞬だけぴきっと引きつってしまった。
「……悪いな、他のヤツと約束してるんだ」
笹木を避けるように身を翻して部署から出ると、性懲りもなく後を追いかけてくる。
「あのっ、他のヤツって誰ですか?」
「そんなこと、お前に関係ないだろ。ついて来るなよ」
「でも……」
「僕なんか誘わないで、彼女を誘えばい――」
あまりにウザくてつい言ってしまった言葉に、自ら口をつぐんでしまった。
(――そうだよ。コイツの恋人との付き合いは、おおやけにできないものだ。だから堂々としていられる、僕を誘っているのか)
「あー……、その悪かった……」
「いいんですよ。俺こそすみません、しつこく誘ってしまって」
「僕にとってお前は、セフレのひとりだから。そういう目でしか見ていない。しつこくされても迷惑なんだ」
悪かった部分はきちんと謝り、伝えなければならない事実をビシッと突きつけてやると、笹木は一瞬口を引き結んだ。
俯いたのちに顔をしっかりと上げるなり、大きな声で口を開く。
「……セフレのひとりでもいいです。アナタの傍に、ずっといられるのなら!」
暫しの間の後に告げられた言葉に、思いっきり驚愕する。
「なっ――!?」
「俺、香坂先輩のことが好きだったんです。遠くから見ていたんですよ」
頭痛を飛び越えて、メマイが襲ってきた。自分の容姿のせいで、見られることに慣れてしまったせいなのか、コイツの視線に気がつかなかった。
「だけどお前、彼女……っ!」
――まさか彼女を、僕の身代わりにしてたのかよ……?
まじまじと笹木を見ると、困った顔して頭をぽりぽり掻いた。
「うぅ、ホント参っちゃいました。抱きたい相手に自分が抱かれちゃうなんて。でも、すっごく嬉しかったです」
「そんなこと言われても……。僕は――」
ただの遊びなんだと言ってやりたいのに、笹木の目から放たれる熱を帯びた視線が、それを奪っていく。
「彼女とは別れます。だから……セフレでもいいから、傍にいさせてください。飽きさせない自信、ありますよ」
笹木は不敵に微笑んで、颯爽と目の前から消えた。僕からの返事を聞かないためなんだろうか。
急に解き放たれたプレッシャーに耐え切れず、よろよろしながら背後にある壁に寄りかかる。
『そんな目をしたヤツと、関係を持つワケないでしょ。いい加減にしてくれって感じ』
突きつけられた現実が心の奥底にしまわれていた、過去の記憶を引っ張り出す。目を閉じると、そのときの空気感さえ思い出してしまえることに、どれだけキズが深かったのか、改めて知らされた。
残酷なまでに綺麗な、僕の従弟――
あれは数年前、テレビの企画でソックリさんショーをするからと、母親経由でスタジオに呼び出された。
モデルの仕事をしていた稜が、四ツ矢サイダーのCMでブレイクしたのをキッカケに、よくテレビに出るようになっていた時期だった。とにかく何かしらの話題づくりに必死になっているからと聞き、快く引き受けた。
いつの間にかスターになっていた従弟に、憧れすら抱いていた――テレビで彼が映るたびに、恋心をどんどん募らせてしまった。
だから本人に直接逢ったときは、心臓がえらくバクバクして、どこか挙動不審気味になってしまい、あたふたしてしまったんだ。
『久しぶりだね、譲さん。急に呼び出してゴメンね♪』
「あ、いや……。大丈夫だから」
『ん~、似てるっちゃ似てるけど、今回の話はなかったことにしていいかな?』
「え? どうして?」
『俺に対して邪な感情を持つヤツと、一緒に仕事をしたくないんだ。ましてや譲さん、一般人じゃん。騒がれても俺には、メリットが全然ないでしょ♪』
自分よりも背の高い稜が、何を言ってるんだという感じで、僕のことを見下ろしてくる。彼の言ってる意味は痛いほど分かるのだが、反論ができなくて、ぽかんとしたまま見つめるのがやっとだった。
『そんな目をしたヤツと、関係を持つワケないでしょ。いい加減にしてくれって感じ』
肩まで伸ばした髪を苛立ちげにかき上げながら言い放たれた台詞は、僕の胸の中に深く突き刺さった。
誰かを好きなったら、キズつけられてしまう――そんな刷り込みが勝手に発動した結果、今の自分がいた。キズつけられる前にキズつけてやれば、自分が悲しまなくて済むから。
「さっきの笹木の目、あのときの僕と、同じ目をしていたのかもしれない」
だから稜に言われた言葉が、蘇ってきたのか――まるで躰に埋め込まれた不発弾が、今頃爆発したみたいだ。
だけど笹木はキズつくと分かっていながら、どうして真っ直ぐあんなふうに、僕にぶつかって来れるんだ?
「分からない……。理解できない。こんな面倒なことになるなら、アイツに手を出さなきゃよかった」
――今更、後悔しても遅いんだけど。
過去に受けたキズと今のキズの痛みを感じながら、逃げるように会社から外に出た。
出たところで、行き先は決まっていない。何だか、笹木とのこれからの関係みたいだなと思いながら、ゆっくりと歩くことしかできなかった。
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