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第4話
「詳しい話は後だ」
少年の顔と声に緊張感がみなぎる。「僕を匿える場所はないのか?」
「何を言っている……」
倉橋は咄嗟に少年の細い腕を掴んだ。彼をここから追い出さなければならない。困惑の次は焦り。倉橋の精神は、荒波のごとく揺れていた。
「悪いが、出て行ってくれ。面倒事には巻き込まれたくない」
少年の腕を引き、玄関へ向かう。こんなに暑いのに、彼のきめ細やかな肌は少しも汗をかいていない。だが、生身の人間の温もりはある。あまりの得体の知れなさに、拒絶反応なのか鳥肌が立った。
扉の前に立ち、ドアノブを捻ろうとする。その時だ。
「いいのか? 僕をここから追い出して」
邪心を孕んだ声色に、倉橋の手は止まる。見れば少年は黒曜色の瞳に昏い影を落とし、けれども唇には不敵な笑みを浮かべていた。……喩えるなら、この世ならざる美しい悪魔の微笑だ。思わず、魅入ってしまうほどの。
その表情の真意がまるで読み取れず、ぼうっと見つめていると、少年は口を開いた。
「なら、僕が憲兵に捕まった暁には、あんたが中共のスパイだと明かすよ」
さっと血の気がひき、目を大きく見開く。何故それをと訊ねようとしたが、騒がしい人声と足音がそこまで近づいていた。心臓が早鐘をうち、視線が揺れる。
対する少年は、変わらず落ち着いていた。静謐な口調で倉橋を脅し続ける。
「僕を追い出した方が、よほど面倒なことにならない?」
扉を勢いよくノックされた。恐る恐る戸を開けると、憲兵が三人立っていた。皆、眦を決した赤い顔で、威圧的な雰囲気を前面に出し、息を荒らげていた。「夜分遅くに失礼」と言いながらも、まったく失礼と思っていない口調だ。
「この辺りで不審者を見なかったか?」
「不審者……また、襲撃が?」
何も知らないふりをして訊ねれば、「そうだ。この近辺で日本人が襲われた」と型通りの返答があった。
「犯人と思しき人物が、この辺りに逃げたという情報を得た。それらしき者を見なかったか?」
「いいえ。先ほど帰宅したばかりですが、怪しげな人間は……」
とぼけながらも、内心ひどく緊張していた。さっさと彼らを帰したかったが、下手なことを言い不審感を抱かれては困るので、相手の出方をひたすら窺うことにした。
「齢十八ほどの背の低い男だ。端整な顔をしている。見かけては?」
「いいえ」
「そうか、分かった。では念のため、部屋の中を調べさせてもらう」
そう言って憲兵らは無遠慮に部屋へと入ってきた。広くも狭くもない部屋のあちこちを念入りに調べた結果、怪しい者や物がないと分かったようだ。この家を訪ねてきた時よりも顔や声に焦燥感と動揺を色濃く滲ませながらも、「ご協力、感謝する。戸締りを徹底しておくように」と言って、彼らは家を出ていった。
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