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優しいお前なら

麗彪(よしとら)side】 「・・・ぶた・・・なぃで・・・」 その言葉は、痛みを伴って深く突き刺さる。 俺が、お前をぶつわけないだろ。 会議が終わって見守りカメラを覗いたら、お前がダウン着て玄関から出て行くの見て、俺がどんな気持ちだったと思う? ただ、お前に何かあったらと、心配で恐かったんだ。 だから、駿河(するが)たちに声もかけず、急いで帰って来たんだ。 玄関を開けて名前を呼んでもお前は居なくて、携帯もリビングに置きっぱなしで。 どうやってお前を探せばいいのか、途方に暮れそうになった。 外に探しに行こうと思ってエレベーターを呼んだらお前が乗っていて、それでやっと、まともに息が出来た。 「ごめん、美月(みつき)、怒鳴って、悪かった・・・」 震えて、怯えきった顔をした美月。 大事にしているぬいぐるみたちも、抱えていられず落としてしまった。 何で怒鳴ったりしたんだ。 美月に最悪の記憶を思い出させる事になるのに。 俺は、オカアサンとは違うんだ・・・。 「美月、本当にごめん、怒ってないから、心配だったんだ・・・ごめん・・・」 「・・・めっ、なさ・・・っ・・・ごぇん・・・なっ、さぃぃ・・・っ」 ぼろぼろと涙を流しながら謝る美月。 違う、そんな顔させるつもりなんてなかった。 くそ、なんで怒鳴ったんだ。 抱き締めたいのに、手を伸ばしたら美月は逃げるかもしれない。 俺を恐がって、今度こそ何処か行って帰って来なくなるかもしれない。 「美月・・・美月、怒ってないから、泣かなくていい、ごめんな、俺のとこ、来てくれるか・・・?」 手は伸ばせない。 軽く広げるだけだ。 美月から近付いてくれるまで、俺は美月に触っちゃいけない。 頼むから、1歩でいい、俺の方に・・・。 「ごめ・・・なさ・・・よしとらさん・・・ごめんなさい・・・」 ()ずおずと、伸ばされる手。 震える程恐いのに、それでも俺に手を伸ばしてくれた。 「美月・・・恐がらせてごめん・・・ごめんな・・・」 やっと美月に触れられる。 抱き寄せて、腕の中に閉じ込めて、何処へも行かない様に。 泣き続ける美月を抱き上げて、部屋に入る。 頭を撫でたら髪が濡れていて、窓の外を見たら雪が降っていた。 ・・・そうか、屋上に雪を見に行ったんだな。 パニクってて気付かなかった。 タオルを取って、ソファに座り美月の髪を拭く。 ・・・まだ泣いてるな。 まだ、俺が恐いのか・・・。 「・・・ょし、とらさん」 「ん?」 「よしとらさん、ぶたないって、わかってるのに・・・ぶたないでって、言って・・・ごめん、なさい」 そのナイフは、刺したままで良かったのに。 ちゃんと抜いてくれるんだな。 ああ、何でそんなに優しいんだよ。 俺は、美月をぶったりしない。 美月もそう思ってくれてるなら、良かった。 「俺も怒鳴って悪かった。ごめんな、美月」 「・・・麗彪さん、大好き」 「俺も、美月が大好きだ」 本当に、ごめんな。 怯えてる姿を見て、この状態で連れて帰って閉じ込めれば、もう二度と逃げないだろうって一瞬考えた。 いっそこのまま、恐怖で縛ってしまおうと。 こんな事を考えた俺が、浅ましくもお前に愛されていたいなんて、どうしても、願ってしまうんだ。 優しいお前なら、許してくれるよな。

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