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Endless Night【5】
俺がクイと顎をしゃくると、慎吾は黙って頷いた。
二人でトイレから出ると、近くに見つけておいた喫煙スペースへと移動する。
ポケットを探るものの、あいにくフォーマルに着替えた時に手荷物は全て預けてしまった。
思わず舌打ちしそうな時、隣からスッとタバコが差し出される。
「気が利くねぇ…」
「ま、なんぼ数減らしてるとはいえ、元々ヘビースモーカーやった人と付き合うてるからね……」
ついでに出されたライターの火に顔を寄せ、ゆっくりと肺の中を煙で満たしていく。
嫌な高鳴りで痛いほどだった鼓動は少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。
「そのクソ野郎、ビデオ制作の関係者として来てんの?」
「わかれへん。ただ航生くんが引き抜かれるきっかけになった勇輝くんとの共演は、藤巻のアイデアやったらしいねん。アムールに追い付き追い越せの気運が高まってた時で、一気に攻勢をかけようとしたんやと思う。んで責任取らされる形でゴールドラインはクビになったらしい。売上頭やった航生くんはいてへんし、営業力だけはずば抜けてた藤巻も辞めさせた事で、ゴールドラインはビデオ制作からは撤退してる。そこからアングラ系の裏物の会社に入ったらしいとは聞いたけど、こんな場所に堂々と出入りできるようなビデオは作ってへんはずやで。どれもこれもビデ倫通らんモロ出しの非合法モンばっかりやから」
「んじゃ、なんでいると思う?」
「一番の可能性は、航生くんへの復讐やと思う……」
「逆恨みじゃねぇか」
「完全な逆恨みやで。そんなん誰でもわかってんねん。せえけど、自分の興味と欲を満たす為やったら、自分が1から立ち上げに関わってきた会社でも裏工作しまくって潰しにかかるような人間やからなぁ…せえから確信は無かったけど、航生くんはこっちに戻らせんようにして、俺だけ戻ってきてん」
おそらく慎吾の判断は正しいのだろう。
それが藤巻という男であったにしてもそうでなかったにしても、見間違えるほど似た人間というだけで航生に与える衝撃は計り知れない。
かつて必死に抑え込んでいた恐怖や怒りに苛まれ、人前に立つ事すら困難になるかもしれない。
「助かったな…先に出なきゃいけなくて。少なくとも航生への被害は食い止めた。んで…本命の航生がいないとして、次にそいつだと何狙うと思う? そいつの性格だと」
「正直、わかれへん。逆恨みついでに勇輝くん狙うんちゃうかと思うたんで、急いで探しにきてんけど……」
「なるほどな。でもまあ、今こうして慎吾から教えてもらったおかげで、周りには十分気をつけられそうだわ、ありがと。前もってわかってりゃ、いきなり刃物振り回されるような事があっても対応できるだろ」
「やと思う…けど、十分注意して。なんぼ衰えてたとしても、元々はアメフトやってて肉弾戦は得意なはずやし」
「そこはほら、充彦いるし。なんせ半グレ10人いても瞬殺できる男だもん」
「せえからあっちは心配してへん、最初から。悪意持って近づいてくる奴の気配はすぐにわかりそうやん?」
「なんだよぉ。それじゃまるで俺だと気配に丸っきり気付けない鈍感野郎みたいじゃね?」
「気配に気付かれへん鈍感とは思うてないけど、気付くんが遅れて対処できへん可能性はあるやろ」
ずいぶんとフィルターに近付いた火種を揉み消し、一度ピシッとジャケットの裾を引っ張る。
さりげなく慎吾は背後へと回り、襟元を整えてくれた。
「そいつ、どんな奴?」
「最近の顔も体型もよう知らんねん。俺が最後に見た時は、とにかく日焼けしてて胡散臭い、やたら声と体がデカいオッサンて感じやった」
「デカいってどれくらい? 充彦くらいある? それなら目立つからよくわかるんだけどなぁ」
「残念。さすがにあそこまではいけへんわ。威わかる? あんな感じ。いや、あれより腕とか腹回りはまだごついかも」
「りょーかいっ。今の体型はわからなくても、そこまでごつい男がチョロチョロしてりゃ、さすがに気付くだろ。社長にも一応話しとくわ。お前も見つかったらまずそうだし、そろそろ戻れよ。心配になった航生が迎えにくるのが一番ヤバい」
頷いた慎吾は、俺の手にタバコとライターをキュッと握らせてくる。
俺は笑いながら片手を上げ、そのタバコをポケットへと押し込んだ。
「ほんまに気ぃつけてな」
「オッケー。充彦にもちゃんと話しとくよ。わざわざありがとな」
目一杯明るく笑い、慎吾の肩を叩く。
あまり不安そうな顔のままでは、おそらく航生も何かを感じ取るだろう。
とにかく今は笑えと数度肩を叩けば、ようやくいつもに近い顔で白い歯を見せてきた。
「そしたら行くわ。なんかお土産買うてくるね」
「調味料系がいいかなぁ。あっちの、シーフードに合わせる為のペッパーソースとか、なかなかこっちで買えないしさ」
一瞬しっかりとお互いの目を見つめ合い、そして小さく頷く。
そのまま慎吾は走って出ていき、俺はポツンと一人になった。
正直俺は腕っぷしには自信なんて無い。
力は弱くないだろうが、それは人を殴ったり投げ飛ばしたりする為の物じゃなく、女性を抱き締め抱え上げる為に鍛えた物だ。
さて、もし本当に刃物を突きつけられたとして、うまく自分でその場を切り抜けられるものだろうか……
これは早々に社長に連絡し、ボディーガード代わりに営業くんでも付けてもらった方が良さそうだ。
俺はスマホを取りに行く為、自分達に宛がわれた控え室代わりの小ホールへと走った。
この判断と慎吾の予感が外れていたと知ったのは、社長にあらましを話してパーティー会場に戻ろうと入り口に立った瞬間だった。
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