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鰯・柊・恵方巻き【航生×慎吾】

「ほら、見てください! すごいですよ、今勇輝さんが持ってきてくれた恵方巻き」 玄関先で綺麗な藤色の風呂敷に包まれたお重を受け取りリビングへと戻る。 「せっかくだから今からいただきましょうか。えっと...今年の恵方は......」 「なんやねん、どいつもこいつもスーパーやらコンビニの戦略に躍らされて!」 おや? 慎吾さんは何やら機嫌がよろしくない。 さっきまでは俺の肩に凭れながら、嬉しそうに雑誌を読んでたのに。 「そもそもやなぁ、恵方巻きなんてのは元々一部の大阪の船場商人が『今年もよう儲かりますように』って願を掛けて食べてたモンやねん。それも江戸時代やで? もう江戸の末期には廃れてた風習やっちゅうねん。それをやなぁ、不景気で寿司屋に卸してた焼き海苔が大量に残ってもうて困った海苔問屋の組合が、『バレンタインのチョコレートみたいに一気に在庫減らす手立ては無いかいな?』ってたこ焼き屋の社長に相談したんが1970年代の話や。その社長が大昔に廃れた船場の風習を持ち出して、さも昔ながらの大阪の伝統みたいな顔して道頓堀で太巻きの早食い競争やったんや。勿論最初はサクラに若いお姉ちゃんも含めて、『一本切ってない太巻きをようさん食べた人には豪華景品出します』言うて。若いお姉ちゃんが喋る事もできんと必死でのり巻き頬張ってる姿におっさんらが喜んで、テレビやら雑誌で大々的にも取り上げられた。ほんで、競争やからみんな黙って食べてんのを、『願いを込めて黙々と食べるんがルールや』って言い出したんもその早食い大会での話や。そのうち関西では風物詩みたいに毎年マスコミで報道されるようになって、みんな昔からやってる行事みたいに錯覚してもうただけやねんで。それをコンビニが1990年代終わりに全国に広めたんや、商売になるって。そもそも、何が一本丸ごと黙って恵方向いて食わなあかんやねん! たかだか早食い競争のルールにやなぁ......」 物凄い勢いの慎吾さんにちょっと驚いた。 最初はただマスコミに躍らされてる世間の風潮が嫌なのかと思ってたんだけど...うん、どうやら違うらしい。 俺はお重を台所に持っていき、丁寧に風呂敷を開く。 「こらっ、聞いてんのか!」 「あ、すごいなぁ...慎吾さんの大好きな穴子、いっぱい入ってますよ。これたぶん、勇輝さん全部具材から作ったんでしょうね? お正月のお節もすごかったもんなぁ」 「俺の話、聞いて......」 「聞いてますよ。実は俺も恵方巻き、買ってきてたんですよね~。ほら、アボカドサーモン巻きと、ヒレカツ入りのサラダ巻き。全部ちゃんと切りますから、一緒に食べませんか? 俺、お腹ペコペコなんです」 「え? 切って...くれんの?」 「すいません。せっかくだし、慎吾さんは丸かぶりしたいかもしれないんですけどね、俺、美味しい物は『美味しいね』って笑いながら食べたくて。ワガママ言ってごめんなさい」 俺の言葉に、それまでの勢いと顔付きが嘘のようにフニャンとした笑顔を見せる慎吾さん。 きっとこういう事ですよね? 俺と二人、美味しい物食べてるのに黙ってなきゃいけないってのがすごく嫌だったんですよね? ついでに、顔を見つめ合いながら食べたいから、二人で恵方を向く...ってのにも否定的だったんだんじゃないかなぁ...... 「全然願掛けにならなくてすいません」 小さく頭を下げてみれば、慎吾さんは蕩けそうな笑顔を浮かべて俺の体をキュッと抱き締めてくる。 「かめへん。後から俺が航生くんの美味しい恵方巻き、丸かぶりしたるから。それが俺らの願掛けやろ? なんか、俺ららしない?」 「それ、どんなお願いするんですか?」 「ん? ずーっと航生くんと二人、幸せで最高に気持ちええエッチができますようにってな」 「ああ、それは間違いなく叶うお願いですね...じゃあ大切な丸かぶりの為に、先に腹ごしらえしちゃいましょう」 こうして俺達はダイニングテーブルに向かい合い、綺麗に一口幅に切った太巻きを『美味しいね』なんて笑いながら腹一杯食べた。 ああ、節分も悪くない。 てか、慎吾さんとなら、どんな行事だって幸せだぁ。

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