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Endless Night【7】

相良さんが藤巻を追いかけ、宮本さんが俺達を送ってくれるという役割になったらしい。 主催のテレビ局関係者とビー・ハイヴの担当者に充彦の体調不良の為に中座する事を詫び会場の裏口を出れば、すでにそこには大きなワゴンがピタリと横付けされていた。 運転席の宮本さんに頭を下げ充彦をゆったりとした後部座席へと押し込む。 ただ座っている事すら辛いのか、充彦は赤く火照る顔を冷やすように体を倒すと、シートの座面にそのまま頬を押し付ける。 額や首筋に触れても極端に熱が上がっている感じはしない。 一体藤巻に何をされたのかと考えるだけで怒りが沸々と沸き上がり、またこうなる可能性を教えてもらったにも関わらず充彦だけは大丈夫だと思い込んでいた自分が情けなくて、グッと奥歯を噛みしめた。 「勇輝さん、家でいいですか?」 すでにエンジンをかけ、恐ろしく静かに車を発進させた宮本さんに首を横にふる。 「いえ、先に病院をお願いします…できればきちんと検査の受けられる、総合病院に」 「び…病院は…ダメだ…宮本…さん…家に…とにかく家に送って……」 体を起こす事もできないままの充彦が、それでもなぜかきっぱりと病院を拒絶した。 突然の体調の異変に一番戸惑い、何より苦しい思いをしてるのは自分なのに… 「充彦、ちゃんと病院行こう、ね? 検査して、まずは適切な治療を……」 宥めるようにそっと背中に触れた途端、充彦の体はビクンと不自然なほど大きく跳ねた。 荒く熱い吐息はますます熱を帯び、全身の震えもひどくなる。 「じゃ、じゃあその辺の病院が嫌なら、河野先生のとこならいいだろ!? ごめん、宮本さん。ここからだとちょっと遠回りになるんだけど、一回新宿方面に向かって!」 「ダメだ…河野先生に…迷惑かけるわけに…いかない…下手すると…警察沙汰だ……」 「そんなこと言ってらんないだろ! もし命に関わるような事にでもなったら…」 「この感覚…知ってるんだ…たぶん死にゃしない…ただ、俺もお前も…警察に呼ばれる事になる……」 「知ってるって…え、何? どういう事!?」 充彦に詳細を確認しようとしているところでポケットに押し込んだままのスマホが震えた。 社長の名前が表示された画面を慌ててタップする。 「もしもしっ!」 『おう、藤巻なら捕まえたぞ。充彦の具合はどうだ?』 「熱は高くなさそうなんだけど、とにかく汗がすごいんだ。息も苦しそうだし…何より、病院に行きたがらないんだよ! 社長から説得して!」 『……勇輝、それは充彦の判断が正しいと思うぞ。こいつに今全部吐かせた。なんでも、外国製の強烈なセックスドラッグをウィスキーに混ぜて飲ませたらしい。当然日本では…いやまあ、海外でも違法なやつだ。性欲と性感を限りなく高めて理性ぶっ飛ばすらしくてな、こいつをキメて理性失ったクソ集団が相手問わずレイプしまくるなんて連続強姦事件も頻発してる、相当ヤバいブツなんだよ。今の充彦が病院なんて行ったら即座に薬物で逮捕…今日のイベントも、これまで業界の清浄化の流れを作ってきた努力も、全部台無しになるだろう』 「そ、そんな! だって、充彦は勝手に飲まされただけだし…」 『残念ながら、充彦は昔撮影で合法だって騙されて薬使わされた事があってな、警察にも事情聴取されてる。使わされただけだって話もなかなか信用されなくて、俺も充彦も完全無罪だって証明されるまでにずいぶんと時間がかかったんだよ…過去にそんな事があるからな、もう一回警察行きゃ、逮捕はされなくても書類送検にはなるだろう。たとえ不起訴になろうがなんだろうが、充彦が薬物疑惑で書類送検てだけで十分センセーショナルな話題にはなる…藤巻もそれが目的だったらしいぜ。その場で理性失って適当な人間相手にまな板ショー始めてもいいし、異変に気付いて病院行っても構わない…とにかく航生救出の一番の立役者に一矢報いたかったってさ。その一部始終が見たかったらしくてな、野郎会場出たすぐの所に隠れてやがった』 俺と社長の会話が聞こえていたんだろうか。 充彦は少しだけ顔を動かし、さっきよりも潤んだ瞳を運転席へと向けた。 「宮本…さん…うちに帰る…前に…航生たちのマンション…寄って…そこで勇輝…おろすから…」 「ちょっ、充彦! お前、何言ってんの!? こんな状態の充彦を一人にできるわけないだろ!」 「こんな状態だから言ってんだ!」 それだけはやけに強く、ハッキリと言い切る。 震えの止まらない充彦の指が俺の手を取ると、それをシートの間で押さえ込まれた下腹部へと導いた。 すでにスラックスの上からでもわかるほど湿り気を帯び、触れなくても感じられるほど大きく脈打つその場所へ。 「正直、ヤバいんだよ…今すぐにでもお前の服破り捨てて…泣こうが喚こうが…突っ込んでかき回したいくらい…マジでヤリたいの…どこまで我慢できるか…自信ないんだって……」 そんな充彦の声が聞こえたらしい。 社長は電話の向こうで呆れたように小さく笑った。 『藤巻の誤算はそれだよ。充彦の性欲は、完全にお前にしか向いてなかった。理性があろうが無かろうが、充彦はお前以外を求めないって事をわかってなかったから、薬飲ませりゃ適当に会場の女優に襲いかかると思ってたらしい』 「んで? 病院に連れていけないとして、これからどうしたらいいの? どうしたら充彦を楽にしてあげられる?」 航生の家に向かった方がいいのか?とバックミラー越しにその目で尋ねる宮本さんに俺は無言で首を横に振る。 スマホを握る左手に力を込めつつ、腰を捩って逃れようとする充彦のスラックスの中へと右手を差し入れた。

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