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Bitter Sweet【3】

「なあ、お前どうすんの...今日は」 かなり根元ギリギリまで吸った所でタバコを灰皿に押し付けた。 「どうするって?」 「まだ飲むのか? 飲みなら飲むで、航生に連絡は?」 「......もうええよ、航生くんの事は。遅なるってメッセージは送ってるもん。返事も無いし、俺が何時に帰ってもなんて事ないやろ」 「まあお前がいいんなら、別に今日は構わないけどさ......」 もどかしい。 本当にもどかしくて仕方ない。 慎吾は航生の事が好きで好きであまりにも好き過ぎて、自分の気持ちをもて余してるだけだ。 航生だって、慎吾を誰よりも大切にしているのは見ていて痛いほどわかるのに。 けれどそれならどうして、慎吾にこんな苦しい思いをさせているのか。 自分が1から育てたという気持ちがどこかにあるせいか、こんな場所で俺相手にウダウダ言っている慎吾より、慎吾にこんな事を言わせてしまっている航生に対して腹が立ってくる。 「なあ、慎吾......」 「ねえ、勇輝くん......」 『なんならうちに来て飲み直さないか?』と言いかけた俺の言葉が遮られた。 冷たいカウンターが気持ちいいのか、ペタリとそこに額を付けていた慎吾がそのままゆっくりと俺の方へと顔を向ける。 「今日はとことん付き合ってくれるんやんな?」 「......ああ、いいよ」 「そしたらさぁ...今からホテル行けへん?」 首まで赤く染まった姿は明らかに酔っているが、俺を真っ直ぐに見つめる瞳は決してアルコールに飲まれてはいない。 ひどく淫らで艶やかで痛々しい慎吾に、思わず口をつぐむ。 「昔みたいに、俺のこと可愛がってよ」 「何言ってんだよ、悪酔いにもほどがあるぞ。だいたい俺は...仕事以外では誰も抱かないってわかってんだろ?」 「航生くんは抱いたのに?」 「......まあ、あれは充彦の目の前だったし。それにある意味、今ちゃんと仕事に繋がってるだろ?」 「そしたら3Pでもええわ。充彦さんの前ならかめへんねやろ? まあ、充彦さんはどうせ勇輝くんにしか勃てへんやろうから、チューくらいで我慢するし。あ、俺も撮影でしかやったこと無いんやけど、なんなら連結セックスとかしてみる? 勇輝くんでも、突っ込みながら突っ込まれる経験はさすがに無いんちゃう? あれさ、めっちゃ変な気分やけど案外悪ぅないで。勇輝くん、充彦さんに突っ込まれながらでもちゃんと勃つやろ?」 「お前ねぇ......」 「ええやん、ええやん。別に俺が突っ込みたいって言うてるわけちゃうんやし、ね? 今のまんまやったらさ、俺撮影の時また勃てへんようになんで? どっかで気分切り替えていかな、二度とビデオ出られへんかもしれん。ほら、事務所の事考えたら、これも仕事の一環になれへん? やろ?」 「ならないよ......」 「なんで? あ...もしかして俺やと欲情せえへん? せえけどさ、これは勇輝くんが仕込んだ体やで? 全部教えてくれたんは勇輝くんやん。勇輝くんの好みの体と好みのテクニックやろ? あの頃より絶対うまなってるから、ちゃんと気持ち良うにさせるし......」 「お前、ちょっと落ち着けよ」 「落ち着いてるって! なあ、お願いやから...抱いてえや。俺アカンねん、このまんまやったらアカンねんて......」 「落ち着けってば!」 捲し立てるように『抱いてくれ』を繰り返す慎吾。 その言葉を止めようと、思わず声が大きくなる。 「大切な事だ、ちゃんと聞け。お前を抱こうと思えば、たぶん抱ける。一晩中抱いて抱いて抱いて抱き潰して、お前の中から航生への思いを一瞬だけ忘れさせてやる事はできると思うよ」 「せえから......」 「いいから黙って聞け! 今晩俺がお前を抱いたとして...それで明日からどうするんだよ? 航生を裏切ったお前が、これからも笑ってアイツの隣にいられるのか? 航生を裏切った体で、航生に抱かれるのか?」 俺の言葉に慎吾が顔をクシャッと歪めた。 瞳に水分の膜が張り、それはすぐに押し出されるように溢れだす。 自分の顔を隠すように慎吾は背中を丸めて俯くと、所在無さげだった手を腿の間に挟んで体を前後に揺らしだした。 「だって俺...航生くんにウザいとか思われたないねん...いちいち航生くんの行動監視するみたいなみっともないことしたないねん......」 「みっともなくないよ」 「みっともないってば! 仕事の時以外、俺航生くんの事ばっかり考えてんねんて。そんなん俺らしないやん? どっかで航生くんへの気持ち忘れな、俺航生くんの事壊してしまいそうやねん...束縛して、がんじがらめにして、そんでいつか嫌われてまう」 言ってる事がメチャクチャだ。 航生が大切だから他の人間に抱かれたいなんて。 航生のそばにいる為には、自分の思いが強くなりすぎてはいけないだなんて。 だからって浮気なんてすれば、今度は罪悪感に押し潰されてそばにいる事もできなくなるくせに。 けれど、募りすぎる自分の気持ちが怖くて距離を取らなければと考えた気持ちは俺にだってわかる。 俺は仕事に逃げ、慎吾は肌の温もりに逃げようとしているだけの話だ。 自分もかつては大差ない立場だった事を思い返し、これ以上かける言葉を考えあぐねていると、不意にポケットの中が小さく震えた。 それを少しだけ引っ張り出し、画面を確認すると......ようやく安堵の息が漏れる。 「なあ、勇輝くん...お願い...お願いやから......今日だけでええねん。今日だけ...航生くんの事...忘れさせて......」 「お、俺の事なんて忘れさせません!」 静かな店内に響いた、通りの良い大きな声。 その瞬間慎吾は傍らのカバンを掴み、真っ青な顔で立ち上がる。 まるで逃げ出すように駆け出した慎吾の腕を、息を切らした航生がしっかりと捕まえた。

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