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少し寂しくて、やっぱり幸せ【充彦×勇輝】
ある年のお正月の話
『おっ、おめでとうおめでとう。何、わざわざそれだけの為に電話くれたのかよ。ゆっくりそっち楽しめばいいのに…そもそも、まだそっち日付変わってないだろ。うん…うん…はいはい、わかったって。わー、嬉しいなー、年始早々声が聞けてー。ん? そりゃ感情込めてないし。あー、悪かった悪かった、拗ねるなって。んで、二人とも元気か? 風邪? うん…うん…熱は? 撮影問題ないのか? そっか、なら良かった…オッケーオッケー、ちゃんと伝えとくよ。うん、悪い、向こうも今挨拶の電話入ってて代われそうにないわ。うん…うん…了解、お土産楽しみにしとくわ。んじゃな』
俺が電話を切ったのとほぼ同時に、勇輝も電話を耳から外した。
お互い何とは無しに目が合い、自然にクスクスと笑いが漏れる。
「アリちゃん?」
「え? 何でわかったの?」
「うーん…勇輝がめちゃめちゃ優しい顔してたからかな」
「何を言う。俺はいつでも優しい顔ですが?」
そんな事を言いつつふざけたように目を細め、笑ってるのか悲しんでいるのか、よくわからない表情を作って見せる。
「何それ? まさかアルカイックスマイルって言いたいの?」
「そう。菩薩のような慈悲深く尊い笑みだろ?」
「いや、眠いの我慢して不機嫌になってるみたい」
「うわ、ひどーい」
カラカラと大袈裟なほど笑いながら、勇輝の視線がチラリと俺の右手に向けられた。
電話の相手の確認をしたいのだろう。
「ああ、航生からだよ」
「だろうね、そうだと思った。いつ帰ってくるんだっけ?」
「3日の予定だってさ。ただ、ちょっと慎吾くんが風邪引いてて、撮影スケジュール変わるかもしれないらしい」
テレビでは、深夜らしくも新年らしいやけに華やかな、それでいて緩いバラエティー番組が始まっていた。
『そうか…』とほんの少しだけその表情を曇らせつつ、けれど笑みを浮かべたままの勇輝は、テーブルの上の丼を流しへと持って行く。
俺もそれに続き、自分の前の器を手にキッチンへと向かった。
「アリちゃんはいつ帰る予定だって?」
「向こうを7日には出るって。10日には間に合わせるから、お土産待ってろってさ」
アリちゃんは、中村さんの仕事の関係で12月頭からロサンゼルスに滞在している。
なんでも、春から始まるとある大物アーティストのワールドツアーの密着ドキュメンタリー映画で、日本を含むアジア4箇所でのバックヤード部分とプライベートタイムの撮影を依頼されているらしい。
その詳細の打ち合わせと日本でのプロモーション用のスチール撮影で、今はニューヨークとロサンゼルスを行ったり来たりしてるんだそうだ。
「今年は大阪組も仕事なんだよね…」
「今日なんてオールナイトイベントやってんだろ、JUNKSで? おまけに、武蔵くんと威くんは、三が日にメンズストリップの新春イベントのゲストダンサーやるらしいじゃん。あー、でもあの二人のストリップならちょっと見たい気もするな…」
「ヒカリくんまでステージ上げるとか言い出したら、大原さんとこ殴り込みかけるとこだった」
「正月来れないって連絡来たとき、マジでぶちギレてたもんな」
すっかり顔馴染みになった、かつて慎吾くんの所属していた大阪のJUNKSのメンバー達も年末年始は仕事だと、早々に今年の正月は東京には出られないと電話が入っていた。
航生と慎吾くんは、女性誌の特集とグラビア撮影を兼ねて、今台湾にいる。
なんでも、華やかで賑やかな台湾のカウントダウンの写真が撮りたかったらしい。
爆竹が鳴り響き、高層ビルから放出される花火にさぞやテンションも上がっているだろうと思っていたが、慎吾くんの熱ではそれどころでも無いだろう。
もっとも、プロ中のプロとも言える慎吾くんのこと、一番の目的であるカウントダウンイベント中の写真撮影では満面の笑みを作れてしまうだろうが。
「みんな…仕事だねぇ……」
年越しそばならぬ、年越し稲庭うどんの入っていた器をスポンジで擦りながら、やけにしみじみとした声で勇輝がポツリと呟いた。
洗剤の付いた器を隣で受け取りサッと洗い流すとそのまま乾燥機へと並べて行く。
たった2つの丼と箸を洗うのはあっという間で、洗剤の付いたスポンジを濯ぎながら、勇輝はチラリと目線を斜め上に走らせた。
普段は滅多に使う事の無い食器や調理器具を片付けている場所。
チョコレートをテンパリングする為の大理石の台に大きめのパエリアパン、ダッチオーブンに大きな寿司桶。
そして…輪島塗の特大の重箱が2セット。
キッチンテーブルの上には、勇輝と暮らし始めてから最初に買った、二人用の朱塗りの重箱だけが置かれている。
「寂しい?」
濡れた手をタオルで軽く拭き、そのままどこかぼんやりと佇んでいる隣の体をそっと抱き寄せる。
思いの外勇輝は素直に俺の肩にコトンと頭を預けてきた。
「まあ、寂しくないって言えば…嘘になるよね」
一人ぼっち同士の俺達が一緒に暮らすようになり、勇輝は忙しい仕事の合間に『売り物か!?』ってほどのおせち料理を見事に作り上げた。
あまりの素晴らしい出来に適当な皿に並べるなんて勿体ない事ができず、急いで買いに行った重箱が今出してある物だ。
それから航生と慎吾くんという存在が加わり、二人分のおせちでは足りなくなった。
大きな重箱を嬉しそうに購入し、隙間が埋まらないとニコニコしながらも慌てて車海老を追加で買いに走ったのはまだほんの数年前。
それから慎吾くんとの縁で大阪の4人組と仲良くなり、正月の宴会は更に賑やかになった。
一つでは間に合わないからと重箱を買い足し、客用布団やら折り畳みできるテーブルやらコンロやら何やら…と、やたらと物が増えた。
けれど今年の正月は、そのどれもが定位置で眠ったままだ。
「慌ただしいとか忙しいとか賑やかとかさ…そういうのって当たり前じゃないんだよね…みんなそれぞれの生活あるし、別々の人生がある。わかってたはずなのに、あの騒々しくて煩くて楽しくて仕方ない時間が今年は無いって、ちょっと寂しいし…これからもこうやって少しずつみんなの道が分かれて離れていっちゃうのかなぁ…な~んて少し感じちゃってさ」
誰かに必要とされていたい。
一人になりたくない。
かつて勇輝は、そんな風に考えて体を壊すほど仕事に没頭していた事を思い出す。
決してかつてのように自虐的になっているわけではないのだろうが、それでも漠然とした不安が透けて見え、俺はゆっくりと体を動かした。
勇輝の背後に回り、その体を後ろからそっと包み込む。
「俺らの家族も同然の人達が、みんな仕事忙しくしてるって、すごくない?」
「……うん、すごい」
「海外にいたって、日本の日付が変わるタイミングに合わせてわざわざ電話くれるのってさ、めちゃめちゃ嬉しくない?」
「まあ…嬉しい…かな」
「ちゃんと帰るから待ってろって言ってくれてると思わない? ここが…勇輝と俺の作る空間が、みんなにとっての大切な居場所になってるって思わない? 忙しいとか道が分かれるとか関係なくさ…ここが戻る場所なんだよ?」
包み込む腕に、ほんの少し力を込める。
前に回した俺の手には、そっと勇輝の手が添えられた。
微かに背を丸め、すぐ前にある耳の裏側にスリと鼻先を擦りつける。
「何より、勇輝は大切な事を2つ忘れてる」
「2つ?」
「そう。1つめは、今年から俺が店の経営を本格化させるから、俺と勇輝はめちゃめちゃ忙しくなる。次からは正月の予定が合わずにみんなを待たせるのは俺らの方かもしれないって事。ま、それでも絶対予定合わせて新年会はするけどな。あともう1つは……」
擽ったそうにその体を揺らしていた勇輝が、腕の中でクルリと向きを変える。
俺を真正面から見据えると、ゆっくりと手を伸ばし指先で俺の唇をなぞり、フワリと微笑んだ。
「たとえ道が分かれる人がいたとしても、俺とお前の道だけは分かれない。ずっと一緒にいるから、寂しくなんかない…よね?」
「クソ…言わせろよぉ、カッコつけたかったのに」
「充彦はいつでもカッコいいよ…今も、俺の気持ちを全部わかってくれてた」
「わかるよ、勇輝のことなら何だってね」
唇に触れていた指が、スルリと首の後ろに回ってくる。
俺が勇輝の腰に回していた腕に力を込めれば、ごく当たり前に勇輝はその腕に体を任せながらかかとを上げた。
下から近づいてくるポッテリと厚い唇に俺の唇を合わせる。
最初は優しく啄むように、軽くそっと、何度も。
そして徐々に合わさる面積を大きく深くしながら、お互いの呼吸すら奪い合うほどに激しく。
クチュ、ペチャと脳天と腰に火を灯すような粘る音が響く。
その先をねだるように腰を揺らし距離を詰めたのは、俺からだったか勇輝からだったのか…
イエスもノーも口に出す事も無いまま昂った場所同士を擦り合わせ、そのまま勇輝の体を抱き上げる。
さすがに、新年最初の行為をキッチンの床やシンクの上という事態は避けたかった。
抱き上げて移動する事はやぶさかではないが、さすがにキスしたまま…というわけにはいかない。
合わせた瞳だけは逸らさぬようにしながら、俺はそのまま寝室へと歩きだした。
『重いから下ろせ』などと抵抗にもならない抵抗を見せていたのもずいぶんと過去の話。
すっかり慣れた勇輝は俺の首に腕をかけ、上手く負担の少ない体勢を取ってくれている。
いよいよベッドルームのドアに手がかかる…というタイミングで、何やら勇輝がクスクスと笑いだした。
「俺の事を何でも知ってる充彦さん?」
「ん? なんか良からぬ話に展開しそうで聞きたくないんですが、どうしました、勇輝さん?」
俺の返しが面白かったのか、勇輝の目からはすっかり憂鬱な色は去り、ただひたすらおかしそうに笑いだす。
小刻みに揺れる体を抱えたままでいるのは難しく、どうやら本人もそれを望んでいるらしい為一旦勇輝を下に下ろした。
「久々に三が日二人きりじゃない?」
「そうだねぇ、めちゃめちゃ燃えるよね。久々にこもりっぱなしのセックス三昧楽しめるね」
「そのつもりなんだろうなぁとは思ったんだけど…」
「だけど?」
「今日は、軽めにお願いしまーす。なんなら抜き合いだけでもいいよ」
なんだその絶望的な展開は……と考えた事が如実に顔に出ていたらしい。
笑いをおさめないまま、勇輝が俺の眉間の皺をムニッと押してきた。
「初詣行きたいんだ。みんなが無事に帰ってこれるように、みんなの仕事が上手くいきますように、んで…今年も充彦といっぱい気持ちいい、最高に幸せなセックスできますようにってお参りするの」
「うわぁ、なんて罰当たりなお願いごとを…」
言いながら、それでも了承の意味で勇輝の頬にそっと口づけた。
「そんな罰当たりで最高のお願いしにいくのに、腰が怠くて歩けません!てわけにもいかないしな。仕方ない、今日はお互いしゃぶり合いで我慢しますか。その代わり、帰ってきたら覚悟するように」
「望むところ。意識飛びまくるくらい、めちゃめちゃにしてくれていいよ。なんせほら、三が日は部屋にこもりっぱなしなんだし」
「……ヤバい、今のでもうギンギン。先に抜いてもらっていい? でないと初詣なんていらない!って襲いそう」
イエスもノーもなく、勇輝が俺の手を引く。
寝室のドアを開くと同時に俺達はベッドの上へともつれ込んだ。
今年もみんなの仕事が順調で、そして大切な人と幸せな時間が過ごせますように……
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