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Love-holic【充彦×勇輝】~前編~
本編よりも少しだけ未来のお話です。
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もう深夜と言ってもおかしくない時間。
ほんの10分ほど前までは、確かにキッチンに立ってバジルシャーベットの固まり具合を確認してたはずなのに、今俺は繁華街に向けて走るタクシーの中にいる。
事の始まりは、突然鳴った一本の電話。
表示されたのはかつての同僚であり、今日は愛する人の相棒として同じ現場に入っていた男の名前だった。
「はいよ、お疲れ~。どした? なんかあった?」
久々に同年代の、いわゆる『若手イケメン』と呼ばれる男優が勢揃いしたビデオの撮影。
普段は専属という立場もあって他の男優に会う機会が少ないからか、勇輝は昨日から撮影を楽しみにしてて、仕事が終わったらみんなで飲みに行くのだと珍しくはしゃいでいた。
だから俺は、酔いざまし代わりに良いだろうとわざわざシャーベットなんて物を作って一人で待っていたわけで、勇輝からの『帰ります』という連絡ではなく、一緒に楽しく飲んでるはずの男からかかってくる電話なんてのは正直嫌な予感しかしない。
『急で悪い...今から店の地図メールで送るから、勇輝くん迎えにきて......』
「迎えにって...いや、別に行くのは構わないんだけど、どうしたよ? 勇輝は? なんかあった?」
ハンズフリーにしておいて、さっさとスウェットを脱ぎながら心底申し訳なさそうな声を聞く。
電話をかけてきたQさんの後ろでは、ワァワァとひどく慌ただしい気配と、おそらく今日の出演者では最年少だろう早瀬くんの焦ったような『ワーッ』なんて悲鳴みたいな叫びが響いていた。
『いや...悪い。ちょっと勇輝くん荒れててさ、酒飲み過ぎてんの止めらんなかった。元が強いから大丈夫だろうって油断してて......』
「荒れてって...また、なんで!?」
『あ、そうか...お前も聞いてなかったんだな。今日の監督さ、田島さんだったんだよ......』
その名前を聞いた途端頭を抱えたくなる。
と同時に、勇輝が荒れているという理由の一端がわかった。
「もしかしてさぁ、あの人まだ根に持ってんの?」
『持ってる持ってる、すげえ持ってる。全部自分のせいなんだから逆ギレだっての。撮影の合間も終わってからも、当時の事知ってる俺らの目盗んではある事無い事勇輝くんにペラペラ吹き込んでさぁ』
そんな言葉に愕然としつつも、仕事用に持ってるもう一台のスマホのアプリを起動させタクシーを呼び出す。
部屋を出た旨を告げ、Qさんに今いる店の地図や住所を送ってもらったのが10分前。
あまり家から遠くない場所で飲んでくれていて助かったと、一先ず背中をシートにしっかりと預ける。
それと同時に、過去の話だから仕方ないとは言え、自分がかつてしてきた事で勇輝をまた嫌な気分にさせている情けなさにため息が出た。
あれは勇輝という存在を知る少し前だから、今からもう5年近く前になるだろうか。
当時『恋愛』なんて言葉に欠片も興味が無かった俺は、撮影で勘違いさせてしまった女優達の猛アタックに毎日うんざりさせられていた。
俺の事なんて何も知らないくせにとか、ちょっと優しくされれば誰でもいいのかよ...なんて、どこか非難じみた気持ちでいたくらいだ。
ただ、ひたすらそんなアタックをかわし続ければ良かったのだが、そこがどうにも俺の悪い所。
だんだん断るのが面倒になってくると、仕事がやりにくくなるのが嫌だという事を言い訳に、結局は大人しくセックスに付き合ってた。
『恋人になるつもりは無いけど、セックスするだけの関係ならいいよ』
そんな言葉で一応釘を刺したのに、みんな『じゃあセックスだけでもいい』なんて言うんだから、俺の女性に対しての失望と恋愛への不信感が加速したのも仕方ないんじゃないだろうか?
そして当時俺に一番執着してて一番厄介だった女というのが、人気企画を連発して業界屈指の売れっ子監督だった田島さんの...ガチの彼女だったらしい。
らしいというのは、結局のところは誰の言ってる事が本当なのかわからなかったのだ。
その女は俺に『付きまとわれて困ってるし、何の関係も無い』と話していた。
だから俺も深く考える事もなく、そいつと何度かは寝た。
ただ、どうやらかつて結婚を意識するほどの関係だった事に間違いは無かったようだ。
どの段階で別れたのか、そこに俺の存在が影響していたのかなんて話は知らないけれど、田島さんからしてみると『俺が婚約者を寝取った挙げ句、彼女をポイ捨てした』と考えたらしい。
それからは現場が同じになると、俺が慣れてないのをわかってるくせに打ち合わせに無かったハードな陵辱シーンを入れてみたり、本当に合法かどうかも危うい薬を使うよう指示したりするようになった。
そんな、売る為のビデオではなく、単なる俺への嫌がらせのような内容のそのビデオに、俺以上の嫌悪感を示したのは女優さんとその所属事務所だった。
現場で絡みの内容が変わる事はままあるけれど、ノーマルなセックスの予定で準備をしてきている女優さんの体を痕が残るほど踏みにじり、顔が腫れるほど殴るなんてのはある意味ご法度だ。
体に傷を残す事になれば翌日以降の仕事が変更になる可能性があるし、そもそも俺が相手役に選ばれる女優ってのはハードファックNGのアイドル扱いの女の子も多かった。
事務所に許可を取らないその無謀な内容変更にショックを受け、実質引退に追い込まれた子もいる。
おまけに怪しげな薬を俺が持ち込んだ事にされ、俺と事務所が警察から任意の家宅捜索と薬物検査まで受けさせられる事にまでなった。
その後は俺は勿論、女優さん達の間でも『田島作品は完全NG』が広まり、表のメジャー作品を撮影する事はできなくなっていた。
聞けば、アングラの超マニアック作品や海外配信用の裏物ばかりを撮るようになってたらしい。
顔を合わせるどころか、名前を聞く機会も無かった事ですっかり忘れていたのだけど...まさかクイーン・ビーの作品を監督するなんて。
荒れているという勇輝が、奴のメチャクチャな話で傷ついていなければいいんだけど...窓の外を流れる景色とメールで送られてきた住所とを確認すると、俺は大きくため息をついた。
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早瀬くんの膝に頭を乗せてスースーと寝息を立てている勇輝の目許は、ちょっと擦ったのか赤く腫れていた。
その姿だけで胸が痛い。
Qさんにコッソリと店の支払い分の札を押し付け、眠って力の抜けてしまっている勇輝をみんなでタクシーへと運び込む。
元々酒の強い勇輝がこんなになるほど飲まずにいられなかったなんて、あのど阿呆監督は何を言ったんだ?
新興メーカーであるビー・ハイヴの若いスタッフは、おそらく田島さんがかつてやらかした騒動を知らずにキャスティングしたんだろうが...これはさすがに2度と使うなと伝えておいた方がいいだろう。
運転手に行き先を告げ勇輝の頭を俺の肩に凭れさせると、今日の監督が田島さんだった事を社長にメールした。
あの人も痛くもない腹を探られたりと、かつては多大なる迷惑を被った一人だ。
詳細を書かなくても、おそらく何があったのかは理解するだろう。
俺の思惑が伝わったらしく、握りしめたままだったスマホはすぐに震え、返事が届いた事を知らせる。
『お前は動かなくていい。こっちに全部任せろ』
あの人が動いてくれるなら大丈夫だろう...田島さんにはまた裏の世界に戻ってもらう事になるけれど。
マンションのエントランス前へとピタリとタクシーが寄せられる。
運転手に釣りはいらない旨を伝えて札を差し出し、勇輝を運び出すのを助けてくれるように頼めば、元から優しい人間なのか福沢さんの威力だったか、腰を落として背中を向けた俺の上にヨイショと勇輝の体を乗せてくれた。
ここはカッコよくお姫様抱っこで...と言いたかったけれど、さすがにマンションの下から部屋までその格好で戻れる気がしない。
俺はズシリと重い勇輝の体をおぶるとエレベーターへと乗り込んだ。
目的の階に近づくにつれ、ただダラリと前に下ろされただけだった腕がキュウと首もとに巻き付く。
「起きたか?」
俺の問いに答えはなく、ただ『降りたくない』と訴えるようにギュウギュウとしがみついてくる。
こんな所でほったらかしにするわけもないのに...と改めてケツの下を支える腕に力を入れながら勇輝の体を一度ヒョイと上に上げて体勢を整えると、少しは安心できたのか首に巻き付く腕の力が弛んだ。
エレベーターを下りて廊下を進み、鍵を開けた所で初めて勇輝の体を降ろす。
寂しいのか不安なのか、泣きそうな顔で見上げてくる勇輝を玄関先にそっと座らせ、その足許へと膝を着いた。
「充彦ぉ、抱っこ......」
抱っこって...こんな体のエロ男前が抱っこってか?
ま、可愛いんだけどな。
溢れそうな涙を指先で掬い、そのまま頬をそっと撫でる。
「心配しなくていいよ、靴脱がすだけ。そしたらちゃんと抱っこしてやるから、ちょっとだけ待ってな」
「......あいっ」
大人しく俺にされるがままになっている勇輝が尚更愛しい。
珍しく編み上げのごついブーツなんて穿いてるから脱がすのにちょっと手間取りながら、右、左と丁寧に足から外してシューボックスの中に入れる。
振り返れば、既に期待するように両手を俺に向かって伸ばしてくる姿に堪らなくなって、俺の靴はポイポイと脱ぎ捨てるとその体をしっかりと抱え上げた。
決して軽いわけじゃないが、寝てる時と違ってちゃんと自分の体を支えようとしてくれるからそれほど抱える事に苦はない。
そのまま寝室に連れていって寝かせる事も考えたけれど、まずは少し酔いを冷まして水でも飲ませてやる方がいいだろう。
リビングへと入りソファに下ろそうとすると、勇輝は駄々を捏ねるようにイヤイヤした。
「水持ってきてやるから、な?」
「やだ...抱っこがいいの...充彦、抱っこぉ。ずーっと抱っこしてて」
やれやれと呆れるような気持ちがほんの少しと、嬉しくて嬉しくて仕方ない気持ちがいっぱい。
仕方ないなんて顔でその嬉しさを押し隠しソファに座ると、いきなりフニャフニャの笑顔を向けられた。
「やった、やったぁ、俺の勝ちぃ~」
何の勝ちだよと腕を大きく広げれば、モソモソフニャフニャと勇輝が動き始める。
当たり前のように膝に乗り上げると、ほんの少し俺よりも高い場所にきた勇輝の顔がまたフニャアと笑った。
腰を少しだけ引き寄せて、その広くて固くて、けれどしなやかな背中にトンと手のひらを当てる。
そのままその背中をギュッと抱き締めれば、ほんの微かに勇輝の体に力が入った。
その僅かな緊張には気づかないフリで、胸を俺に預けさせたまま艶やかな髪を撫でる。
ただゆっくり、優しく...何度も何度も。
肩にチョンと乗せられただけの顔が俺の方へと向いたらしい。
微かに息がかかってくすぐったい。
俺は手の動きは止めず、大きく息を吐いた。
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