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Love-holic~後編~
「今日は...ほんとごめんな......」
胸に溜めた空気をゆっくりと吐き出しながらどうにか言えた言葉。
首筋に当たっていた勇輝の息が止まる。
「ごめんてぇ...何がぁ?」
「ん? 今日の現場、監督が田島さんだったんだってな。なんか色々と言われたみたいだし...だからごめん」
「ごめんの意味がぁ、わかんな~い」
拗ねたように一瞬声を張った勇輝が、怒ってるのか甘えてるんだかハムハムと俺の首筋を甘噛みしだした。
痛くはないし、寧ろ気持ちいいくらいなんだけど、今の勇輝がどんな感情からそんな行動を取ってるのかがわからない。
俺はただ髪を梳いてやりながら、今は勇輝のやりたいようにさせてやることにした。
「ごめんて言わないといけないよーな事、したぁ?」
「さあなあ...今の俺には何一つ謝る事なんてないけど、昔の俺の行動のせいでお前が嫌な思いしたんなら、それはやっぱり謝らないといけないだろ?」
Qさんですら聞いてないと言うのだから、実際問題勇輝が何を言われたのかなんて事は正確にはわからない。
けれどどうせ、俺がいかに昔は女をとっかえひっかえしてたか...とか、彼氏のいる女でも平気で寝取ってた...とか、まあそんな話だろう。
警察から薬物使用の疑いをかけられたなんてのも話してるかもしれない。
さもなきゃ、わざとらしいほど大袈裟に俺の当時のモテ話をして、勇輝の不安を煽ろうとしたか。
どれも真実ではないが、丸っきり全てを嘘だと言ってやる事もできない自分が少し情けなくなる。
不意に勇輝が頭を上げ、小さく首を傾けたまま俺を見下ろしてきた。
「充彦はぁ、俺といて幸せ?」
想像もしてなかった質問に、一瞬何を尋ねられているのかがわからない。
言葉の通りなのか、それともその裏に何か別の意味を含ませているのか。
すぐに答える事ができずにいると、勇輝は泣き出してしまうんじゃないかって顔で、それでも微かに口許には笑みを浮かべてもう一度同じ質問を繰り返してきた。
「俺といてぇ...幸せ?」
「......ああ、最高に幸せだよ。こんなに幸せでいいのかな?って気持ちになる事もあるけどな、もっともっと幸せになってやるって欲張りにもなった」
どうやら何の裏もない言葉通りの質問だったのか、強張った泣きそうな笑顔からは少し力が抜ける。
「じゃあねぇ...俺はどうだと思う? 幸せだと思う? 幸せそうに見える~?」
こりゃまた厄介なクイズを出されたものだ。
せめて『俺にも幸せかどうか聞いて』くらいの問題で留めてくれれば良かったのに、まさか俺の目から見て幸せかどうかを聞かれるとは。
これこそ裏があるのか、それとも俺の本心が聞きたいのか悩む所だ。
「合コンの年齢当てみたいな質問だな」
「私いくつに見えますかぁ...的な?」
「そ。んで今俺は、どう答えるべきかを迷ってる」
「......うーんとねぇ...悩まないでぇ、充彦にどう見えてるのかを知りたいんだな~」
「そうか? じゃあ素直に俺からどう見えてるか答えりゃいいの?」
「そーですっ!」
今度はまるで悪戯が成功した悪ガキみたいな顔で、ニカッと歯を見せて笑ってきた。
付き合うまで、勇輝がこんな顔するなんて知らなかったんだよな......
ただひたすら色気があるばかりでなく、ただひたすら美しいばかりでなく。
よく笑うしよく食うし、落ち込むし凹むし一人で悩むし。
けれど隣で支えてやれば素直に俺の手を取ってちゃんと立ち上がり、前よりももっと輝きを放つ。
無邪気にイヤらしい悪戯を仕掛けてくる事もあるのに、たかだか人前で手を繋いだくらいで真っ赤になって恥ずかしがってみたりもする。
またそのギャップが堪らない。
いかんいかん。
勇輝の質問に答えてやる為に普段の姿を思い出せば、ただ俺がどれほど勇輝の事が好きなのかを実感するだけで終わる。
本当に大好きで大切で、そんな人がそばにいてくれる今の俺がいかに幸せなのかを......
あ、ああ...そうだ。
俺は幸せじゃないか。
それこそが勇輝の質問への答えだ。
ニッと笑ったままの勇輝の頬に手を添え少し首を伸ばして軽く唇を合わせると、俺も同じようにニッて笑ってやった。
「勇輝はね、すごく幸せそうに見えるよ。俺と一緒にいて俺の隣で眠ってる事が、本当に幸せに見える」
「......ほんとに? 俺、ちゃーんと幸せそう?」
「勿論。だってさ、お前の事がこんなに大好きな俺が、本当に幸せだって毎日思えてるんだぞ? それはさ、勇輝が俺といる姿が幸せそうだからじゃないか? もう忘れた? 俺の夢はお前を誰よりも幸せにする事で、俺の幸せはお前が幸せそうに笑ってくれてる事だ...違う? だから今の勇輝はきっと誰よりも幸せだし、誰よりも幸せそうに見えるよ」
今度は、ヤンチャ坊主のようだった表情が、まるで花が綻ぶような華やかで可憐な笑顔に変わる。
細められた眦からは、まるで蓄えた朝露が花弁の間をすり抜けるように涙の雫がゆっくりと頬に筋を残していった。
綺麗な顔が近づいてきて、俺の瞼に鼻先に頬に唇に、数えきれないほど柔らかく唇を落とす。
「俺の答えは正解でしたか?」
その感触の心地よさにクスクスと笑えば、今度は感極まったとでも言いたげに俺に思いきりしがみついてきた。
「あのね......」
そこで止まった言葉の先を急かしたりしないよう、強く抱き締めながら背中をトントンと優しく小さく叩いてやる。
それはまるで、幼い子供を宥めて寝かしつけるように、軽くリズミカルに。
「田島さん? あの人がね、何を言ってきてもぉ、俺全然気にならなかったんだよぉ。ほんとなの! 偉い?」
「ん? そうか...それだけ俺を信じてくれてんだよな? エライエライ」
「でしょ~? だってねぇ、昔がどーでも今充彦は俺とずーーーっと一緒にいてくれるんだもん、ねー?」
やっぱり昔の女の話をしたのかと苦笑いを浮かべつつ勇輝の言葉に頷く。
「何がね、あったのかはわからなかったんだけどぉ、充彦の事を悪く言って俺をね、傷つけようとしてるんだなーっていうのはわかったしぃ」
「うん、そんなとこだろうと思ったよ。だから傷つけてごめんて......」
「違うの~。俺ねぇ、その言われた事はほんとに何とも思ってないからね、それにはぜーんぜん傷ついたりしてないんだってばぁ。ただね......」
「ただ...何?」
「あんなさぁ、昔のほんとか嘘かもわかんないようなね、女の話とかされただけでね、俺が傷つくって思われてたのかなぁって。そんな話で振り回されてぇ、『別れた方がいいんじゃないか?』なんて言われて『あ、そうですね』なんてぐらついちゃうくらいにね、上手くいってないとか信頼関係が薄いとかぁ、そんな風に見えたのかな~って思ったの。俺ね、幸せオーラ全開だと思ってたんだけどぉ、周りから見たらあんまり幸せそうに見えないのかな~って思っちゃって」
こいつ...何可愛い事言ってくれてんだ?
自分の幸せオーラが溢れてないから、悪口一つで別れさせられると思われたって怒ってたのか?
で、自分が幸せに見えないって事は、俺が幸せじゃないかもしれないって不安になったって事?
まったく、俺をどれだけ喜ばせてくれるんだよ。
俺ら二人がいつも周りから何て呼ばれてるのかわかってる?
無駄にエロオーラと幸せオーラを振り撒いてる、万年発情バカップルだぞ?
田島がお前にちょっかいかけてきたのは、俺に執着しすぎて全然空気の読めないバカだからってだけだろ。
自分が幸せに見えてないのかって一人でムカついて、珍しく酒に呑まれ、今こうして全力で俺に甘えてくれてる勇輝。
こんな姿を見られたってだけで、今回は田島のバカを許してやってもいいかって気持ちにさえなってくる。
「飲み過ぎてて喉渇いただろ? シャーベット作ったから食べるか?」
「うーん...シャーベットよりぃ、充彦が欲しいっ!」
そうしたいのはやまやまなんだけどな...太股に跨った状態でモゾモゾと動く勇輝に、実はそれなりに臨戦態勢にある俺のジュニア。
けれど今は...なんかそこは無視してていい気がしてる。
「今日はさ、手ぇ繋いで指絡めて、んで抱き合って寝ようか。んで目一杯幸せな気分でしっかり寝て、起きたら一緒に風呂入ってさ、今度は二人が溶けて無くなっちゃうんじゃないかってくらいずーっとセックスしよう」
プーッと膨れっ面を見せる勇輝をこの場でひんむいて押し倒したい衝動にかられるが、今はちょっとだけ我慢だ。
だってほら...怒ったフリをしながら、今もあくびを奥歯で噛み殺してる。
文句も反対意見も却下だと強引に勇輝をそのまま抱き上げれば、思ってた以上に素直に俺にしがみついてきた。
睡魔に勝てそうにないほど酔っているのだとようやく実感したのかもしれない。
「明日...いーっぱい幸せに、いーっぱい気持ちよくしてね」
可愛いお願いに言葉では答えずその唇に掠めるだけのキスをすると、勇輝は穏やかな笑顔を浮かべたままで静かに目を閉じた。
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