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あなたがいない【充彦×勇輝】1
07月21日合わせで書き始めたお話です。
ふざけるつもりが、思いの外シリアス風味......
大切な事なのでもう一度書きますよ。
これは07月21日のお話です。
さあ、今日はなんの日?
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一人で過ごすには無駄に広いリビング。
ゆっくりと湯船に浸かる気分にはなれず、ザッとシャワーだけを浴びると、タオルを頭から被ったまま冷蔵庫からビールを取り出した。
俺よりもはるかに酒の強い男の為、業務用ほどの大きさの冷蔵庫の一番下の棚には一面売るほどビールが並べられている。
でもそのビールも、この1ヶ月ちょっとはあまり減っていない。
プルタブを引いて口を付ければ、それはもうキンキンを通り越してギンギンに冷えきっていた。
そこまで冷えたビールってのは、案外旨くないもんだ...一人で飲んでるからかもしれないけれど。
ツマミをわざわざ作る元気もなく、アルミ缶を握りしめたままでドサッと体をソファへと沈める。
グラステーブルの上に放りっぱなしのスマホに目を遣るものの、シャワーを浴びながらうっすらと期待していた着信を知らせるランプは何色にも光ってはいなかった。
「......ったく...もう2ヶ月だぞ...」
誰に聞かせるつもりもない悪態がつい口を吐く。
もう一口ビールを口に含むと、俺は背中を深々とソファに預けて目を閉じた。
俺がフランスとイギリスにアンティーク家具の買い付けに行ったのが2ヶ月半ほど前の事。
店のオープンの目処がたち、内装に拘りたいという充彦の希望を叶える為、向こうの骨董市と雑貨店を2週間ちょっと慎吾と回った。
その慎吾のセンスと、かつての馴染み客だった某大手商社のヨーロッパ支社長の口利きで、かなり良い買い物ができたと思う。
すべて空輸の手続きを取り、さあようやく日本へ...愛しい人の元へ帰れるとホッとしていたのも束の間。
日本に戻る飛行機の時間を伝えようと電話をしたものの、なぜか圏外にいるとのアナウンスが流れるばかりで携帯が繋がらない。
家に連絡をしても、当たり前のようにそれは留守番電話に切り替わった。
何かあったのではないかと心配になり、無駄とは思いながらもメールだけ送る。
この時電話が繋がらなかった理由を知ったのは、結局日本に着いてからの事だった。
急いで部屋に戻った俺が見たのは、決して達筆とは言えないが、角ばった男らしい字で書かれたダイニングテーブルの上の置き手紙。
『学校時代の恩師からの誘いで、急遽北イタリアに勉強に行く事になりました。ほんと急で悪い。ついでに店で使えそうなバターとかチョコレートなんかも見てきます。契約するって話になったらパソコンに詳細送るので、その時はよろしく。1ヶ月で戻ります』
どうやら充彦は、俺と見事に入れ違いになるタイミングでイタリアへと旅立ったという事らしい。
しかしまあ、驚いた驚いた。
俺が日本を発つ時にはイタリアのイの字も出てなかったし。
というか、俺が向こうから電話をかけた時にもそんな話は全く聞いてなかった。
だいたい、俺が帰って来るのも待たないでとっとと出発するとか、本気か!?
それでも...北イタリアと言えば乳製品の本場だし、歴史的な背景を見れば今のフランス料理の基礎を作ったとも言える場所。
パルマを中心とした酪農地域で乳製品を直接見て、そこからフィレンツェやミラノ辺りの洗練された最新のドルチェや昔ながらの製法を守った伝統菓子に触れる...主にフランス菓子を作っている充彦でも、イタリアの文化や食は何か素晴らしいインスピレーションを与えてくれるかもしれない。
充彦もきっとそんな風に考えたからこそ、俺の帰国を待たずに恩師の誘いに乗ったんだろう。
勉強に必要な時間と店のオープン準備の期間を考えれば、一刻の猶予も無いと判断したのかもしれない。
実際、味には自信があっても目玉にする商品に迷っていたのは事実だ。
今回のイタリア行きで、自分の中の選択肢を絞れると考えたんだろう。
帰ってきた時には、きっと今まで以上に自分の作る物への自信に溢れてるはずだ。
ならば俺は、充彦が不在であっても今自分にできる事を淡々と進めるしかない。
当然それは開店準備という事になる。
調理場は予め充彦の指示で全て発注されており、また実際にそこを使う事になる航生が現場で細かい調整に入ってくれた。
その間に俺と慎吾は、店の看板や包装紙の打ち合わせに走り回る。
結局、細かな雑務にバタバタとしていた俺の元に充彦から改めてメールが入ったのは、イギリスから帰国して1週間ほどしてからだった。
いわく、
『抜群に質の良いバターを見つけたが、現在イギリスの高級スーパーが独占販売の契約をしている。多少のコストアップになるかもしれないが、現状日本のメーカー商品では流通量が不安定だから、今後の事を考えてどうしてもそのイギリスのスーパーと定期購入の契約を取って欲しい』
以上。
まったくビジネスライクなだけのそのメールにも俺はすぐ動き、バターのみの定期購入を渋るスーパー側と、併せてオリジナルの紅茶も購入するという抱き合わせの提案でどうにか契約にこぎつけた。
余計な物も仕入れさせられる事にはなったけど、まああのスーパーのオリジナル紅茶ならばパッケージも洒落てるし、店頭に並べても決して見劣りはしないだろう。
ついこの間行った時に手に取った入れ物の高級感を思い出し、俺は一人納得する。
時差を考えつつ契約完了のメールを充彦に送れば、予想通り返信があったのは翌日の早朝だった。
それも、『サンキュ』の一言のみ。
きっとパソコンをのんびり開いている間もないほどに慌ただしく、充実した時間を過ごしているんだろう......
その短い一言が頼もしくもあり嬉しくもあり、そして勿論...ひどく寂しかった。
充彦の夢は俺の夢で、その二人の夢の為に今お互いが必死に頑張っている。
たかが1ヶ月の事だ。
あと少しだけ我慢すれば、またあの長い腕にしっかりと抱き締めてもらえる。
甘い声で名前を囁いてもらえる。
指こそ折りはしなかったけれど、俺は心の中で毎日カレンダーを捲っていた。
けれど充彦は...約束の1ヶ月を過ぎても帰っては来なかった。
その間一切連絡がなかったわけじゃない。
まるで出張報告書のように、その日回った場所や食べた物について書かれたメールが目覚めるとパソコンに入っている事が時々あった。
けれどそこには帰国が遅れるという言葉も、況してや自分に会いたいだなんて甘い言葉も書かれてはいなかった。
充彦は俺のいない日常に何も感じないんだろうか?
付き合ってから、こんなに長く離れていた事なんてない。
どこに行くのも、いつも基本的に二人一緒だ。
仕事でもプライベートでも。
まともに離れたなんて、都内以外の場所でのビデオの撮影の為に俺が何度か家を空けたくらいだ...それもせいぜい2泊程度だったけど。
俺が日本を離れてからだから、合わせればもう2ヶ月以上会ってない。
声だって、俺が一度フランスから電話して以来聞いてなくて......
それでも、連絡すらできないくらい頑張ってるんだと思えば、こちらから無理に電話をしようとも向こうからの電話が欲しいとも思えなかった。
頑張ってる充彦に変に気を遣わせたくはなかったし、何より...声なんて聞いたら淋しいという気持ちが溢れてしまいそうで。
『1ヶ月だけ我慢』
『あと5日もすれば帰ってくる』
そう考えてるうちは、なんとか気持ちに蓋をできていた。
ありがたいことに店のスタッフユニフォームが仕上がったり、フランスから送った荷物が届いた事で本格的に内装に手を付け始めたりと、忙しさでそんな気持ちは上手く紛らせてた。
けど胸の中のカウントダウンが終わり、内装に関してもあとは業者さんに任せればいいだけになってしまったら...なんだかもう......
ダメだった。
一人になれば思い出すのは充彦の事ばかりで、胸が痛くて苦しくて。
きっと、とうに1ヶ月を過ぎてる事にも気づかないくらい夢中で頑張ってるだけだ。
そんな事はわかってる。
同行してる先生の知り合いだっていうパティシエさんの所に行って、向こうの最新のお菓子について教わってるなんてメールも来ていた。
けど、勉強だの修行だの...本当に?
充彦を疑うつもりなんて無かったはずなのに、ここまで放っておかれると思考は悪い方に悪い方に進んでいくのは仕方ないと思う。
もし愛情深く家庭的だというイタリアの女性に迫られてるんだとしたら?
最初の1週間ほどで北部国境付近の視察は終え、あとはミラノを拠点にして動いているらしい。
それだけいれば馴染みのリストランテやお気に入りのカフェなんてのもできてて当たり前だし、そこでは色々な出会いだってあるだろう。
海外に行ったって決して見劣りしないあの体格に、人好きのする柔らかい笑顔。
金はそれなりに持ってるし、性格だって穏やかで遊び方もスマートだ。
惹かれる女性が現れないなんてどうして言える?
元々男優をやる以前から女が切れた事は無かったらしい。
恋人という存在ではなかったにしても、セックスをしない日はほぼゼロだったという。
いや、俺と付き合うようになってからだって毎日のようにセックスはしてたわけで...10年以上それを当たり前にしてた男が、いきなりすべての性欲を封印できるものだろうか?
充彦は、俺以外には勃起しないと言う。
これまではそれをなんの疑いもしなかった。
だけどそれは、あくまでも自己申告だ。
実際俺以外の人間に対して100%欲情しないのかどうか、わかるのは充彦しかいない。
もし本当に今は俺にしか勃起しないとして、イタリアの情熱的な女性から迫られてその気になれたら?
俺じゃなくてもセックスできたとしたら?
長く忘れていた柔らかく丸みのある体に溺れ、俺の事なんて忘れてしまうんじゃないのか?
信じてるのに...充彦を信じていたいのに...カウントダウンのとっくに終わった心の中のカレンダーが、俺の思考をマイナスの沼へと引きずりこんでいく。
俺にしか触れたくない...仕事を辞めた以上は俺以外には触れないという大切な言葉が、疑念で真っ黒に染まっていった。
いつの間にか温くなっていた手の中のビールを飲み干し、缶をグシャリと握り潰してユラと立ち上がる。
冷蔵庫に次のビールを取りに行けば、嫌でもチラチラと視界に入るカレンダー。
大きな溜め息をつき、新しい冷えたビールを手に取る。
もう俺の心も体も...寂しくて限界だった。
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