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あなたがいない 2
ビールの空き缶がテーブルの上に3本、4本と増えていくうちに、わざわざ冷えたビールを取りに行く事とソファに座ってる事が面倒になってきた。
アイスペールに冷凍庫から取り出した純水の氷入れると、萩焼きのぐい飲みと泡盛のボトルを一緒に持ってリビングへと戻る。
そのままラグの上に胡座をかくと指で氷を摘まみ、ぐい飲みに適当に放り込んで泡盛を並々と注いだ。
冷えるのも待たずにそれを一気に喉へと流し込み、ソファのシートに後頭部を預ける。
充彦がソファに座りビールを旨そうに飲む姿が好きで......
大きめでやたらとセクシーな喉仏がイヤらしく上下するのを見てるのが好きで......
俺はこのラグに直に座り、こうして飲みながら充彦の腿にいつも頭を乗せていた。
同じソープやシャンプーを使ってるのに、仄かに鼻を擽る香りはなぜか少しだけ俺とは違ってて...その香りを感じるだけで堪らなく体が熱を上げて...
セクシーなそれこそが充彦自身の体臭ならば、あの俺とは違う香りこそが『フェロモン』てやつなのかもしれない。
充彦の腿に頭を乗せながらその香りを胸一杯に吸い込めば、それだけで頭の中もペニスもアナルも痛いくらいにジンジン痺れた。
早く触って欲しくて、全身を充彦で満たされたくて仕方ない俺の気持ちなんて気づいてるはずなのに、充彦はそんな俺を焦らすように次のビールに口を付けながら、それでも愛しげにゆっくりと髪を撫でてくれて...
「充彦の匂い...しない......」
変な事を思い出してしまったせいでますます寂しくなってきて、ついソファのシートに鼻を擦り付ける。
少しでも充彦の痕跡を探したいのに、それからは悲しいほどに皮の匂いしかしない。
洋服も全部一旦クリーニングに出してしまったし、二人で寝てるベッドにしてもシーツも枕カバーもしょっちゅう洗濯してる。
もうベッドからは...俺の匂いしかしない......
限界なのかもしれない。
充彦のいない夜がこんなに辛いなんて、寂しいなんて思わなかった。
声が聞きたい。
あの甘ったるい声で少しからかうように、『どした? 俺がいなくて寂しくなった?』って言って欲しい。
そうすればちゃんと、『寂しくて死にそう。早く帰ってきて』って素直に言うのに。
グラステーブルの上のスマホに手を伸ばす。
時差だとか充彦の都合だとか、もう考えてる場合じゃない。
何度か鳴らそうかと悩んで、それでも結局表示させるだけで終わっていた番号を呼び出すと、今度こそ迷わず通話をタップした。
海外だからなのか、接続されるまでひどく待たされる。
しばらく完全な無音状態になり、続いてようやく聞こえてきたのは『圏外』の旨を伝えるアナウンス。
一瞬にして目の前が真っ暗になる。
ようやく電話する気になったのに。
もう限界だって泣くつもりだったのに。
フワッと力が抜け、俺はそのままラグの上に倒れ込んだ。
声が聞きたいんだ...本当に今は、声が聞けるだけで良かったのに...充彦...充彦の声が聞きたい......
横になったまま、ただ充彦の声を求めてビデオラックに手を伸ばす。
俺のお気に入りの、充彦の過去の出演作が並んだDVDパッケージ。
その奥には、充彦のお気に入りの俺の出演作もきちんと置いてある。
指に触れたそれを確認もしないでデッキの中へとセットする。
とにかく充彦の声が聞きたくて、動いてる姿が見たかった。
デッキがディスクの読み込みを始め、テレビの画面が切り替わる。
いきなりバンと画面一杯に映し出されたのはかつて俺を罵倒し、敵意剥き出しで睨んできた作り物の顔と作り物の体。
俺が縋る思いで手にしたDVDは、俺と充彦が出会った...そして俺が一瞬で恋に落ちた...あの初めての共演作だった。
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