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満月とすすきと君の笑顔
本編より4~5年未来のお話です。
何となく彼らのこれからをイメージしながらお読みください。
そしてこっそり一番のお気に入り?である、最強の新キャラ登場します。
モブいらねぇわ!の方は回れ右をお願いします。
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湯気の上がる蒸し器の蓋をそーっと開ける。
中には、かぼちゃやお芋がゴロゴロ。
わざわざ通販で高価な熟成物を取り寄せた安納芋は、ただ蒸しただけなのに皮の表面にはジュクジュクと蜜が滲み出している。
「やだ、すっごい美味しそうなんだけど!」
「勇輝く~ん、とりあえず一口だけ! 一口だけでエエからお芋さん食べさせて?」
ここまで特別手伝いの必要もなく、何の作業も割り当てられず暇にしていた慎吾とアリちゃん...いや、有紗ちゃんが蒸し器の中を覗き込んできた。
こうなる事は想定済みで、実はちゃんと多めに蒸してあるんだけど、わざとらしくため息をつきながら二人を見る。
無邪気な顔でキラキラと目を輝かせてるのを見ると、本気で怒るなんて気になるわけもないし。
「仕方ないなぁ...んじゃ二人で半分こね。んで、有紗ちゃん......」
「やぁねえ、アリでいいわよぉ。今更勇輝くんにその名前で呼ばれたりするのって、他人行儀じゃない?」
「いや、他人だし。でも...いいの?」
「いいに決まってるでしょ。私は私の名前を恥ずかしいなんて思わないし、何一つ後悔なんてしてないわよ」
「......そっか、わかった。じゃあアリちゃん、王子ぼちぼち離乳食始めてんでしょ? かぼちゃ多めに蒸してるんだけど、スープでも作ろうか?」
見た目もノリも色気も何も変わらないアリちゃんは...半年ほど前に可愛い男の子を産んだ。
初めて見た瞬間から『整ってる』と誰もが認めるほどの美形に産まれたその王子様の正式名は『中村・アレックス・信之介』と言う。
ごく普通に宿り、ごく普通に産まれた王子様は、実は二重国籍だったのです。
......なんちゃって。
最近、ちょっとゴージャスさとエロティックさで話題になっている『FOXY ALEXANDRA』というアメリカのブランドのビジュアルディレクターなんて大役を任された中村さん。
長期間の滞在になるからと安定期に入っていたアリちゃんを伴って向こうに渡り、そのままアメリカで出産へと至ったわけだ。
仕事に差し支えないギリギリまでアメリカで様子を見て、アリちゃんと王子の体調の良いタイミングで帰国した彼らは、その足で我が家へとお披露目に来てくれた。
以来うちはアリちゃんと王子の一番の遊び場になってたりする。
社長のとこの姫様もよく来るし、彼ら見たさに慎吾はしょっちゅう来るし、なんだかいつの間にか託児所でも開設した気分だ。
ちなみに王子のミドルネームの『アレックス』は、大きなチャンスと仕事をくれたブランドに対して敬意を払ったって事らしい。
「信之介、今はかぼちゃ苦手なんだわ。できたらジャガイモがいいな~」
「その可能性も考えて、マッシュポテト用のジャガイモも蒸してたよ。オッケー、んじゃポテトスープね。んで、アレックスは?」
「ちょっとグズってたからお父さんが寝かせにいったのよ。あ、ごめんごめん、勝手にベッド使わせてもらってま~す。でもさ、毎日毎晩乳くり合ってる割りに、全然精液の匂いしなかったね。すごいすごい」
「アリちゃん、あかーん! オカンが『乳くり合う』とか『精液』とか言うたらあかんで」
「一応子供の前では言わないわよぉ。それにさ、いきなりアタシがお上品ぶったって似合わないしおかしいでしょ? 勿論子供が小さいうちはちゃんとした言葉遣い教える為にも口調は多少変えるだろうけど、中身は変えるつもりも変わるつもりもないから。アタシはいつだって愛とエロスの女神様、アリちゃんよ~」
お母さんになってもアリちゃんはアリちゃんのままで...ううん、子育てについて確固たる信念を持ってる分、今までよりももっとパワフルで、もっとカッコよくなったと思う。
そもそも、ゲイカップルの家に当たり前みたいに入り浸るお母さんなんて、やっぱり変わってるよね、うん。
『性への認識がおかしくなるかもよ?』って言ったら、『女でも男でも、要は死ぬまで一緒に歩いていきたい相手に会えればいいんだから、寧ろ勇輝くんはお手本よ』なんて笑った顔なんて痺れるくらいに男前だった。
ほんと、充彦と会ってなかったら、俺アリちゃんの事好きになってたかもなぁって時々考える。
ルルちゃんといいアリちゃんといい、俺と深く関わってくれた女性は、なんでこんなにもカッコいいんだろう...
「信之介も寝てることだし、ガンガン手伝うわよ~。何したらいい?」
「アリちゃんこっちに来たら中村さん寂しがんない?」
「一緒に寝てるわよ、お守り疲れで」
「よし、じゃあこのかぼちゃを丁寧に潰して濾して、粗熱取れたらそこの餅粉入れて捏ねてくれる?」
「勇輝くん、俺は?」
「慎吾はこの紫芋よろしく。それができたら次は安納芋ね。俺こっちで小豆炊いてるから」
不意にキッチンカウンターに置いたスマホが、バイブでメールの着信を知らせる。
開いてみれば、そこには見事なすすきに囲まれた少ししょぼくれた航生の写真。
『準備完了。帰りにひやおろしと、慎吾くんとアリちゃん用にノンアルのサングリアでも買ってきます。1時間もあったら戻れるよ』
充彦のメールを読み上げると、アリちゃんと慎吾の背中がピンと伸び、腕の動きが忙しくなった。
俺もいよいよ急がなければと先に作っておいた栗餡の味見をし、混ぜ終わったそれぞれの材料をちぎっては丸めるという作業にひたすら没頭した。
**********
「いやあ、しかし...ほんとにいい天気で良かったよな」
充彦が冷酒のグラスを口に運びながら空を見上げる。
傍らには白磁の一輪挿しに見事なすすきが揺れていた。
中秋の名月...初めてのこの秋の美しい空をアレックスに...いや、信之介に見せてあげようと提案したのは俺。
わりと広さのあるベランダにテーブルや椅子を引っ張りだし、みんなで作った団子をツマミに空を見上げた。
腕の中には...今は何故か信之介がいる。
自分の周りにいつも自分を、それこそわが子のごとく可愛がってくれる大人が大勢いる状況にすっかり慣れてしまってるのか、彼はその日その時間によって抱っこされたい人を選ぶ。
今日はたまたま俺の日だったようで、その手には信之介用に味付け無しで作った芋団子だったはずの物体がムニューと握りしめられていた。
それを、俺らの真似でもしてるのか時々口許へと持っていき舐めたり吸ったりしてるから、どうやら食事に対しての興味は強いらしい。
よし、これは将来有望だな...さっきはポテトスープもペロッと完食してたし。
アリちゃんの家庭料理の腕はかなりの物だし、和食の俺に洋食の航生、デザート担当には充彦と、旨い物だけは死ぬほど食わしてやれるし、教えてやれる。
歌や絵の得意な慎吾に芸術面も鍛えてもらい、中村さんの機転と気配りを身につければ......
ヤバい、最高にイイ男が育つ!
「なんか勇輝くん、顔がニマニマしてない?」
「ん? アレックスが大きくなったらどんな子に育つのかなぁと思って」
「そりゃあもう、こんなにポテンシャルの高いイイ男に囲まれて育つんだもの、最高の男前に決まってるじゃない。優しくて気が利いて、真面目でキュートな最高の男よ」
「んで、最高に強くて最高にエロいオカンが育ててんねんし、そっちも最強かもね」
「当然! 目一杯愛して目一杯叱って目一杯楽しんで、信之介がアタシ達の子供で良かったって思わせるわよ。元AV女優の母親なんてなかなか普通はいないんだし、その事が負い目じゃなく、だからこそ楽しいって言わせてやるわ」
......アリちゃん、ほんとカッコいいな。
俺は、雲一つかかっていない綺麗な月をもう一度見上げた。
以前俺に言ったのは航生だっただろうか。
『間違いなく愛されて育ったはずだ』と。
今の信之介と同じで、自分だけでは食べる事も動く事もままならなかった頃の俺は、ちゃんと愛されていたからこそこうして大きくなれたのだ...その事を、改めて膝の上の重みが教えてくれる。
そう、愛し慈しんでくれた人がいたからこそ俺は充彦と出会えたし、みんなとこうしていられるんだ。
以前は悲しみも憤りもあったと思うけれど、もうそれも覚えてはいない。
だから勿論、恨んでもいない。
そう...もう恨んでなどいないから...だから......
すっかり自分の中の感傷の世界へと浸っていたところに...
『ヴヴヴヴーッ』
っとなかなか味わう事のない震動と音。
ついでに、超美形王子様のお顔は真っ赤でクシャッと潰れた饅頭みたいになってる。
「わーっ、アリちゃんアリちゃん、信之介ウンチだ!」
「うっそ、ごめんっ! 臭くない? 漏れてない? あーん、オムツ替えなきゃ...」
「あ、俺の事は気にしないで。ついでだし、お風呂入れてあげたら? 中村さん、もうお湯張ってあるから、連れてってあげて」
「おい、勇輝。こっち俺らで片付けとくから、お前が一緒に行ってやれよ。アリちゃん、着替えならこないだ勇輝が買ってきてるから、今日は泊まっていきな。アレックスの服ならすぐに洗濯したげるし」
「オッケー。中村さんは俺のシャツとスウェットで我慢してね。二人とも、こっちこっち」
ベランダから部屋へと戻る瞬間、もう一度だけ後ろを振り返る。
......貴女もこうして時には...俺と同じ月を見る事はありますか...お母さん......
出すものも出してすっかりご機嫌になった信之介が団子の残骸だらけの手で俺の頬っぺたをペタペタと撫でるみたいに触ってきて......
誰も見ていない隙に、それを拭うフリをしながら俺は一度だけ目元を強く押さえた。
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