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悪戯しちゃうぞ【航生×慎吾】
本編から3~4年後、『フィクションの中のノンフィクション』以降の二人です。
少し大人に?なった航生と、ますますラブラブエロエロになっている慎吾のお話。
『はぁ…なんでこんなことになったんやったっけ...…』
玄関のドアに背中を預けたまま、どうにも上手いこと働けへん頭で必死に考える。
息も鼓動もどんどん上がっていくのを抑えられへん。
せめてもの抵抗にと、俺はいつも『雄弁だ』と笑われる目を固く瞑った。
**********
10月や。
それも月末や。
毎年この時期になると、俺は優しくてかっこよくて、一見無口で不器用で、けどほんまは超ムッツリでプチSな恋人にええ玩具にされてきた。
『Trick or Treat』
あの忌々しい呪文。
この月の最終週にはできるだけポケットにもカバンの中にもキャンディやらチョコやらを入れ、できる限りの予防線は張ってきた...と思う。
ところが奴は、どこかでタイミングを図ってんのか、それともまったくのミラクルなのか、なぜか俺が『小腹が空いた』とか、『誰かに分けてやった』なんて事でお菓子を手元に持っていない時に限って声をかけてくるのだ。
『Trick or Treat』
控え室だの移動の車だので消費してしまった後なんやから、そらなんぼカバンのサイドポケットを探ろうがパーカーの裏地をひっくり返そうが、お菓子の一欠片も出てくるわけもない。
おかげで俺は1シーズンに何度も何度も、あの爽やかで男前なムッツリスケベのいやらしい『イタズラ』の餌食になってきた。
俺にそれを喜ぶ気持ちがまるで無かったかと言えば…それはいや、なんというか…まあ、無いわけないんやけど…それでも限度ってもんがあるやん?
場所を問わず、時間も問わず……
散々好きなようにやられるだけやられて、啼かされるだけ啼かされて…これではさすがに俺の中にちょっとだけ残る『年上』としてのプライドなんてモンも傷つく。
そこでとうとう今年、俺は反撃に出る事にした。
あいつがそれを口にする前に、俺の方から言うたったらええわけや。
『Trick or Treat』
どうせやるんやったらとことんやったろう。
多少の気恥ずかしさを感じながらも、あいつを驚かせる事を楽しみにアイテムもバッチリ揃えた。
そうや、すべてはこれまでの鬱憤を晴らす為…あ、いや、別に嫌やなかったから鬱憤にはなってへんか。
とにかく!
やられっぱなしでなんて終わったれへん。
今年こそは、俺の方から先にイタズラを仕掛けるんや。
フフフッ...楽しみにしとけよ、航生くん!
**********
今日は俺の方が仕事が終わるのがだいぶ早いってのは予定通り。
航生くんはファッション関係のトークイベントにゲスト出演してるから、帰りは日付が変わった頃になるやろう。
寝室の電気を点け、準備に入る。
ま、準備いうても着替えるくらいやけど。
それでも、普段あんまり着慣れていない服やから、嫌でも時間はかかる。
その上、一つのパーツパーツがわけがわからんというか...どこに腕を入れてどこに何を付ければ正解なんか、これがどうにもこうにもわかりにくうて。
鏡を覗き込んだり、ベッドの上をゴロゴロ転がりながらああでもないこうでもないともがいてるうちに、リビングに置きっぱなしやった俺のスマホの着信音が鳴り響いた。
まずい…これは航生くん専用の音や。
まだちゃんと足元が整ってへんから、ヒョコヒョコと不細工な格好のままで電話を取りに行く。
ハートがいっぱいのスタンプ連打の画面に、思わず顔がヘニャ~と弛んだ。
ただ、そのスタンプに挟まれたメッセージを読めば、もう家に向かってると書いてある。
まずい…...急げ、なんでもええから急げ、俺!
相変わらず着け方がイマイチわかれへんパーツと、予想よりも早い帰宅に頭が少々パニックになる。
ひたすらスマホのデジタルとにらめっこしながら、それでもどうにか仕上がっていく俺の姿。
間違いなく着られてんのか改めてきちんと鏡で確認したかったけど、なんとかギリギリ最後の金具を止めたところでインターホンが鳴ってもうた。
最終確認ができてへん事にちょっと不安にはなったけど…まあ、とりあえずビックリはさせられるやろう。
俺は髪にカチューシャを着けてベッドルームを飛び出した。
「慎吾さん、ただいま」
「おかえり」
玄関で靴を脱いでる航生くんの所まで走って行く。
アカン…スリッパ履かなメチャメチャ滑って走りにくい。
「結構早く帰れたでしょ。慎吾さんの顔見たくなっちゃって、イベント終わったらダッシュで楽屋飛び出しちゃいました」
靴をきちんと揃え、ゆっくりと上げられた航生くんの顔。
そしてその目の前には、仁王立ちの俺。
パチリと目線が合う。
一瞬、俺らの間で流れてる時間が止まった。
「慎吾…さん...…?」
その目が、俺の足先から頭のてっぺんまで舐めるように見つめる。
驚いて見開かれたその瞳に、俺は内心ガッツポーズを取った。
そらそうや、驚いてもらわな困る。
気合いの入れ損、空回りや。
黒の網タイツにガーターベルト、薄紫のシフォンのペチコートに黒いサテンの超ミニドレス。
わけがわからないまんまで、それでもちゃんとコルセットの紐かて結んだ。
そして、ペチコートと同じ薄紫の小さな角の二本ついたカチューシャと、手には先が三叉に分かれたオモチャの鉾。
完璧や…俺、完璧な小悪魔ファッションや。
これでこそ、俺の呼び名通りの小悪魔や。
「びっくりした?」
「……これで驚かなかったら、俺ら普段どれだけアブノーマルな事して遊んでるんだって事になりません?」
「なあなあ、似合う? 俺、似合う?」
「えっと…なんて言うんだろ…ごめんなさい、すごく似合ってます」
よし、驚かせた。
第一弾は成功や。
「いやしかし…なんでまたいきなりそんなキュートな…...」
「Trick or Treat!」
航生くんの言葉を遮って、俺は一番口にしたかった言葉を叫んだった。
一瞬航生くんの動きが止まり、そこから俺の大好きな柔らかい笑みが向けられる。
「ああ、はいはい…ハロウィンて事ですか。なるほど…いやあ、気合入れましたね。揃えるの大変だったでしょ?」
「そらそうやん。ネットで海外から取り寄せたり直接コスプレショップ回ったりして、気に入ったん探すのめっちゃ大変やってんで…って、そんなんどうでもええの! せえから、Trick or Treatやってば!」
普段の航生くんがガムくらいしかお菓子を持ち歩けへんのはわかってる。
おまけに、わざわざ今日は『旨そうなケーキ見つけたから、帰りにお菓子買わんでエエよ』なんて連絡も入れておいた。
その俺の連絡のおかげか、今はコンビニの袋も持ってへん。
「ほれほれ、お菓子くれなイタズラすんで」
「うーん…慎吾さんからイタズラしてもらうっていうのもなかなか魅力的なんですけど……」
笑顔を崩せへんまま、航生くんが俺の方へと近づいてくる。
ん?
なんだかすご~く嫌な予感がする。
さっきと顔つきは変わってないはずやのに、どうにも黒いオーラを纏ってるように見えるんは俺の錯覚か?
「まさかこうくるとは思ってなかったんですけど、でも慎吾さんがこないだから妙にソワソワしてるとは思ってたんですよね……」
俺の手からあの可愛らしい鉾を取り上げ、ポイと横に投げ捨てる。
そのままジリジリと距離を詰める航生くんにちょっとビビった俺は、意味もなく玄関ドアの方へと逃げた。
こんな格好してんねんから、外に飛び出すわけにはいけへんのに。
しまったと思った瞬間には、俺の体はそのままドアに押し付けられていた。
「やっぱり俺は、イタズラはされるよりも…する方が好みみたいです。はい、じゃあ慎吾さん、もう一回言ってみて」
「な、何を…」
「お菓子くれないと?」
「お…お菓子くれな、イタズラ…しちゃうぞ?」
俺の体を自分の体で押さえ込みながら、航生くんの手が穿いていたデニムの後ろポケットに突っ込まれる。
ニッと笑うと同時に目の前に差し出されたのは、極彩色のプリントの包みに入った、どこの国の物なんかもわからんようなちょっと大きなキャンディやった。
「ふふっ…お菓子あげるから、イタズラしちゃうぞ! なんちゃって」
苦労して丁寧に結んだコルセットの紐に伸ばされた手は、ちっとも『なんちゃって』な雰囲気ではなかった。
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