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お題/子持ちカップル

~ 嵐 × テツ太 ~ 俺はオフィス街の中でも一際デカいビルの真ん前に建つカフェでキッチンを担当してる渡瀬嵐(わたせあらし)。 店を一緒に切り盛りしているのが店長の瑞波テツ太(みずなみてつた)だ。 テツとは専門時代に知り合って8年以上経つ。 当時から、俺がテツに抱いてたのは友情じゃなく、恋愛感情だ。 だが、出会った時にはもうテツには彼女がいた。 テツと行動する時は決まって彼女が隣で笑ってた。 俺の付け入る隙なんてものは、最初から一ミリもなかった。 専門を卒業したと同時に、テツは当たり前のように彼女と結婚した。 好きなヤツの結婚式で友人代表としてスピーチをした時は、悲しいとか虚しいとかそういう気持ちを通り越していたと思う。 テツが幸せなら… テツが笑ってくれるなら… それでいいと思った。 その結婚から数年後、彼女が妊娠した。 元々身体が弱かったせいか、子どもを産んでからすぐに体調を崩して、テツとガキを残して亡くなった。 「ラン!愛実(まなみ)が…愛実が…ッ…」 愛実はテツの愛娘だ。 マナは母親の顔を知らない。 「落ち着け。マナがどうした。」 「今保育園から連絡があって、愛実が熱を出したらしい。高熱だと言っていた。ラン、もし…もし愛実に何かあったら…どうしよう…俺はどうしたら…」 「だから落ち着け。マナは大丈夫だ。風邪くらいで…」 「風邪くらいで…だと?…その風邪くらいで夏実(なつみ)はッ…」 テツが動揺するのも無理がない。 彼女は、夏実はただの風邪を拗らせて肺炎で亡くなった。 夏実が死んでからのテツは抜殻みたいだった。 惚れたヤツのそんな姿はとても見てられなかった。 だから俺は、テツの笑顔を取り戻したくて付きっきりで身の回りの世話をした。 その甲斐もあって、テツは徐々に本来の姿を取り戻していった。 「落ち着いていられるかっ!!愛実に何かあったらどうするんだっ!!」 「あー、分かった。よーしよし。」 テツの頭を軽く撫でて落ち着かせた。 マナに何かあれば、今度こそテツは壊れる。 そうなれば、もうテツは立ち直れないと思う。 だから、俺はテツとマナを何があっても守っていこうと決めてる。 「…悪い、取り乱した。もう大丈夫だ。ラン、店を任せていいか?俺は愛実迎えに行って、そのまま医者に連れていく。」 テツは俺をランと呼ぶ。 俺はそれが特別な気がして好きだ。 「任せるって、俺にホール出ろと?」 「…」 「おい、黙るな。」 「確かに。…仕方ない、黒木と新見に残ってもらえるかどうかを聞いてくる。」 俺の悩みはこのツラだ。 切れ長の一重に、目が悪いからいつも目を細めているせいで眉間にしわが寄り目つきが悪く見える。 生まれつき眉毛が薄く、声は低いし、185cmという無駄な高身長が威圧感を与える。 おまけに口も悪いときたもんだ。 このツラのせいで第一印象は最悪だ。 人間は第一印象で決まる。 俺はそれを身を持って知ってる。 目が会えばそらされて逃げられる。 話すタイミングすら与えられない。 いつも一人だった。 そんな俺に声をかけてきたのがテツだった。 初めてだった。 惹かれずにいられなかった。 「そうだな、それがいい。」 黒木と新見に声をかけようと、ホールに出たテツはすぐにげっそりした様子で戻ってきた。 「ラン、例の二人に笑顔で圧力をかけられた…」 「マナ迎えに行って病院連れてくんだろ?ヘタレた事言ってんじゃねぇ。」 「ラン…」 「あ?」 「お前、凄くいい男だな。」 「今更か。つか、当たり前だ。」 8年以上の思いが実って付き合い始めたのが3年前だ。 それと同時期にマナを保育園に預けて二人でこの店を始めた。 駅前よりはマシだが、それでも家賃は高い。 でも、いつかは借り店舗じゃなくて俺たちの店を持ちたいと考えてる。 テツには言ってないが、その為の貯金とかもしてる。 これからかかるだろうマナの金の事も考えると生活はギリギリだ。 そんな生活だが、テツとマナが居るだけで幸せを感じられる。 「いや、改めて思った。」 「ったく、無駄口叩いてないで、お前は帰る準備でもしてこい。話は俺がつけてくる。」 「話つけるって、お前ホール…」 「まだ言うか!俺だって…あー…いや、なんでもない。」 ガリガリと頭を掻いた。 「人前に出るが怖い事を、俺が一番分かっているつもりなのに無理させて悪い。…ありがとうな。」 「なに言ってんだ。テツとマナの為だ。」 「ラン、お前はやっぱりいい男だな。」 「もう言うな。…テレる…」 好きなヤツにこんな事を言われたら誰だってテレる。 バンダナを外して、コックコートを脱ぐと、ホールに出て捕まえた黒木と新見の首根っこを掴んでスーツの二人組の前に立った。 「おい、そこのスーツ。コイツら借りるぞ。」 スーツの二人組はテツから聞いた通りのイケメンだった。 でも、テツが苦手だと言っている理由も分かる。 纏ったオーラが他とは違う。 だが、負ける訳にはいかない。 「おやおや、それは人に物を頼む時の態度ではありませんね。」 「うっわー、壱矢さんかっこいい!惚れ直した!ちょーかっこいい!!」 「まぁまぁ折戸、落ち着きなさい。…ところで君、その手を彼から離してはもらえないかい?人のものにベタベタと触るとは、あまり感心ができないね。」 「俺はお前のものになったつもりはない!」 なんとなく分かる気がした。 ガキみたいな事をいうと、俺だってテツが他のヤツに触れられるのは気に食わない。 納得して二人から手を離した。 「黒木、新見、店長の頼みだ、黙って働け。当然、拒否権はない。いいな。」 テツの頼みだと言うと黒木と新見が驚いたように目を丸くした。 無理もない。 テツが二人に頼み事をするのは珍しい。 二人はオープンから居るからわざわざ頼まなくても自分達で考えて動ける。 テツもそれを理解しているし、二人を信用しているからこそ特に何も言わない。 「壱矢さん悪い、店長の頼みだから断れないわ。後で部屋行くから待っててくれよ。」 新見がキチっとしたいかにも学級委員長タイプの方にウインクして見せた。 「まぁ、そういうわけだからとっとと帰れ、八神。」 黒木も新見も特に理由を聞かずに承諾した。 二人共こんな調子だから、俺もテツも愛実の事を言うタイミングを逃している。 特に秘密にしてるわけじゃない。 マナは小さいながらも空気が読める子で、決まって休みの日に風邪を引くような共働きの俺らにとっては有難いタイプの子だ。 だから俺とテツが働いてる日に発熱なんて事は初めてだ。 「黒木、新見、我が儘聞いてもらって悪いな。…社長さんたちも申し訳ないです。黒木と新見、お借りします。ラン、後は任せた。」 早口で伝えると、テツはいそいそと店を出ていった。 店の前の段差でコケるくらい急いでいた。 しっかりしてるように見えて抜けてるところとか、ナイーブなところとか、本当に可愛いと思う。 スーツの二人組はテツのおかげでなんとか納得して帰っていった。 少しバタついたものの、黒木と新見が上手く立ち回ったおかげで店は何事もなくcloseした。 「お前らお疲れ。今日はもう帰れ。…あー、明日は昼飯食ってくんな。今日の礼に渡瀬様特製ランチを作ってやるから腹空かせて来い。」 「マジで?俺らラッキーじゃね?な、シュート。」 「あぁ。」 「楽しみにしとけ。」 黒木と新見を帰した後、売り上げの精算してるとテツが戻ってきた。 「ラン、遅くなって悪かったな。小児科が混んでた。店は大丈夫だったか?」 「お疲れさん。大変だったな。店は黒木と新見がよくやってくれたから安心しろ。」 「そうか。ランもお疲れ様。…二人にはなにか礼をしないとな。」 「明日、ランチを食わせる事になってる。」 「あぁ、そうしてやってくれ。」 「で、マナは?」 「薬を飲ませて姉貴に預けてきた。まぁ当然ブーブー言われたけどな…」 「まぁ、仕方ないだろ。迷惑かけない約束だしな。」 テツが抜殻だった時期にマナを世話してたのはテツの家族だ。 中でもマナを特に可愛がってくれてたのがテツのお姉さんだった。 テツが立ち直ってから二人でマナを迎えに行った。 テツの両親はテツには子どもは育てられないと引き渡しを拒んだ。 でも俺は、今テツとマナを引き離す事には賛成できなかった。 俺は親と引き離された方の人間だからよく分かる。 物心ついた時には施設に居たから引き離された理由は分からない。 だけど、親子ってやつは一緒に居られるものなら一緒に居るべきだという事は分かる。 だから必死に頼み込んだ。 テツのお姉さんも同じ考えだったのか、一緒に説得してくれた。 その結果、迷惑かけない事を条件に、今一緒に住む事ができている。 「こんなの母さんに知られたらヤバイ…もしも愛実と暮らせなくなったら…」 「ったく、テツはいちいちネガティヴすぎだ。あのお姉さんなら問題ないだろ。告げ口するような人じゃない。マナにとっての最良をきちんと考えられる人だ。」 「でも…」 「ウダウダ言うな。」 ガリガリ頭を掻いてからテツを少し乱暴に引き寄せて抱き締めた。 「悪い…」 「別に…」 「愛実と暮らせなくなったら、夏実に…合わせる顔がない…」 テツはよく俺の前で夏実の話をする。 付き合う前はそれが当たり前たったから仕方がない。 でも、良い気分はしない。 俺は心が狭すぎるのかもしれない。 「お前、デリカシーなさすぎだろ。…まぁいい、とっとと店閉めてマナ迎えに行くぞ。」 「ラン、もう少し…」 「どうした。なんか急に可愛くなったな。」 不安だったに違いない。 できたら俺も着いてってやりたかった。 俺が居なくなったら、テツはマナを育てられるんだろうか… 想像しただけで恐ろしい。 テツには、俺が必要だ。 俺は自惚れてる。 「た、たまにはだっ!」 「あー、はいはい、よーしよし。」 「ガキ扱いするな。」 「…もう黙れ。」 「…」 マナと暮らし始めてから、当然のようにセックスの回数も減ったし、こうして触れ合う事も少なくなった。 ヤッても集中できないし、コソコソと二人目作りに勤しむ夫婦みたいな感じになる。 そんな環境でも、俺が文句を言わないのは、テツとマナをなにより大切に思ってるからだ。 本物の家族になりたい… そう強く願ってるからだ。 そんな事を考えながら強くテツを抱きしめた。 - end - ランテツです。子持ちカップルです。 ランさんは本編ではあまり登場しません。 声を大にして言います。 ランテツは、わたくしの推しです。 みつき。

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